。+°:*.氷花.*:°+。 -HiKa- -3ページ目

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あなたにどうか、
とどいてほしい、
わたしのこころ。


さて。今年もこの日がやってきた
1月1日。深夜に、わたしは神社に来て、おみくじをひく。

まず100円…。末吉。だめだ。末吉じゃ、ぜったいだめ。
また100円…。中吉。だめだめ。ちゅうとはんぱ。
また100円…。いっぱい小銭をためてきた、おさいふがじゃらじゃらいう。

600円め…。やった! 大吉!

自分のぶんは、もういいや。
わたしは、神社をあとにした


…いつまで、わたしはこの賢しらな魔術を母にかけていられるんだろうな。
…いつまで、わたしはこんな哀しい魔術師をやっているんだろうな。

母は 入院さきから帰って きたけれど 姉は 母の容体が読めなくて 義兄のご両親に会いに行くのを断念した
義兄は甥を連れて ひとり故郷へ 帰った

これはいいチャンス。わたしは姉に、ひさしぶりに ちょっと遠いカラオケ屋さんに フリータイムでカラオケしよう、ともちかけた
「独身のときみたいに、ううん、甥っ子が生まれるまえみたいに、ロングでだらだらと カラオケ屋さんで たのしもうよ」
おなじくカラオケ好きな姉は、ちょっとまよってから、うん、とうなずいた

朝の10時過ぎ。ふつう、カラオケ屋ってもちこみ禁止でしょう?
わたしたち2人、店員さんに隠れて食べる食べものを買って カラオケ屋さんに行った

11時から20時までの9時間のフリータイムだ
ねむってもだれも怒らないし、おしゃべりもまた、おなじく。

ところが。
ここ数年行かないあいだ、カラオケ屋さん、ソフトクリームをサービスしてくれるようになってた!
う~ん、いまダイエット中。でも、誘惑に負けて、プラスティックのグラスにはんぶんくらい、ソフトクリームを入れた。食べた

ぅんん~! おいしい~!!

もう、なんともいえない。糖が脳にしみ渡って、それまでのだらだらカラオケが 突如 たのしくなった

魅惑のソフトクリームのおかげで、わたしは9時間を歌いきった


ああ、こんなたのしい時間が ずっとつづいたら いいのにな。
はじまりがあるから、終わりが来る。

でも終わってしまったから、またはじまりを たのしみに待つことも できる。

せんせいに会って、電車に乗ったあと。「しまった!」
いっしょに写真撮るのわすれてた!

せんせいに自分の写真をメールに添付する。「できればせんせいのもください!」おねがいする
せんせいは、「自撮りはよくわからなくて…」いずれ、できれば、とのこと。

でも、ぜったい、欲しい!

母のお見舞いに行ったとき、言った。「またね、せんせいに会いに行こうとおもうの」
こんどこそぜったいいっしょに写真撮るわ!
母は言った。「そうね、きっと、また会えるわ」


神さまはきっと、その機会を与えてくださったんじゃないかしら。


「うん!」おおきくうなずいた。


また、会える
いつか、ちかいうちに、きっと

せんせいにきのう 逢ってきた。なんてひさしぶりの逢瀬。

せんせい。せんせい。わたし、せんせいと話すと こころが すきとおってゆくよ。

こころが ふわふわするの。せんせいと逢うと。
まるで 天使がふわり 舞い降りて わたしをみえないゆりかごに乗せてくれている かのようよ。

ちいさなころ 埃が舞うのを 埃がきらきら舞うのを まぶしくみてた
どんなちいさなことも きらきら きらきら 胸をくすぐって 痛ませた

戻ってゆく… あのころに。
還ってゆく… 「知って」いた 自分に。

やさしくなるよ。やさしくなれるよ。世界がまぶしいよ。輝いてみえるよ


輝いてみえるよ…


せんせいどうか、いなくならないで…

ずっと… ずっと… 慕っていたせんせい。
おたんじょう日におめでとうございます、とメールを送ったら
「じつはいま、がんです」と返信が返ってきた

衝撃だった。だって… だって…

「お逢いしましょう?」と、せんせい。わたしの答えは… イエス。

いつもいつもいつまでもは、おなじようには進まないんだ
きのうきょうあした。それはすこしずつかもしれない。
けれどずっとつづいていく「きょう」が、振り子のように、すこしずつ支点をずらし
もう2度と戻れない「きのう」になってゆく。

せんせいだけじゃない… わたしの父母だって…

わたしたち いつまでもおなじ場所にいる錯覚をしてるけど、住処を変えて生きているんだ

わたし、お料理つらくてできなかった
あなた、わかってわたしをお料理屋に連れてってくれた

おもにファミレス

混んでいるファミレスの待ち時間てながいでしょ?
わたし、しゃべるのにがてで、あなたにばかりしゃべらせて…

そこに、ガチャガチャがあったんだ

「これは? これは!?」目をひからせるわたし
「いまはやってるじゃない」言う、あなた

おたがい、ねこに目がなかったわたしたち

ねこグッズを、いっぱい買ったよね

「くぅぅ~これかぁぁあ」
「あ、これ、かわいい」

待ち時間も、すてきなものに変わったよね

あなたもガチャガチャすきだったって、あとで白状したあなた
いまおもえばわたしたち、あのとき、

ひとつだったよね

幼稚園のとき、親しくなりたい! とおもった女の子がふたりいた
ふたりはなかよしで、わたしだけ「中にはいりたい!」とねがっていた、というのがじつのところ。

いなかの新興住宅では、ちいさなスーパーがひとつあるだけだった
わたしはそこで、だいすきなおかしをみつけた

いつもはきびしい母がめずらしく、連続で買ってくれた
だからわたしは、母が買ってくれるとおもって、女の子ふたりをさそった
「ねえ、とってもおいしいおかしがあるのよ。みんなで買いに行こうよ」
ふたりはうん、とうなずいた気がする

家に帰ってみると、母がしおれた風情で電話していた

「なに? なんの電話?」と母に訊くと、
女の子のお母さんたちからの電話だった

「うちではおかしなんてものは子どもだけで買わせません!」
ということだった

「あんたが悪い」とか「悪くない」とか、そんなことば、母からは一言もなかった

でもものすごく、ものすごく、胸が痛かった

母のわたしへのしつけが悪いんじゃない
わたしが勝手に 母の了解も得ずに 女の子たちをさそったんだ

無言のわたしたち母子。

こころのなかでさけんでた


ごめんなさいお母さん
ごめんなさい勝手なまねして。
ごめんなさい苦情の電話の後始末なんてさせて

どうして? どうしてわたしに直接怒ってくれないの? 女の子のお母さんたち。
わたしはまだ6歳だったけど、意味はわかるし、あやまることだって できるよ


胸が痛くて、痛くて、たまらにきもちに
ずっと なやませれた

わたしの家は、ひとの家の奥に建っている
ぱっと見、外からはわたしの家は見えない

でも、この夏、前の家のひとが家を手放し、その家が取り壊された
残ったのは… わたしの家。

前の家のひと、おばあさんだったんだ
たまに夏になると おばあさんの家の窓から見える花火を見せにもらいに 行っていた

そのおばあさんが歳に勝てず、民生委員の方にあずけられ…
ずっと空き家で…

この夏、取り壊されて、わたしの家が 見えるようになった

花火が… わたしの家から、見えた


きれいだったよ…
真夏の花火。

ひゅんっと高みに、高みにのぼって、いろんな かたちになる

わたしがすきなのは、しだれやなぎのような 花火。
ぱっとひろがって、時間をかけて しだれてゆく


胸にとどめておこう…


来年は あたらしい家が建ってしまうから

この夏の…

わたしの家から見える、最初で 最後の きれいな きれいな 花火。

10代のとき、ひとりぼっちで さびしいきもち ずいぶんあじわった
でもそのぶん 「ジブン」をかんがえる時間は あった

たった10代のジブン。これから、20代、30代…、親をも越えた60代、70代の自分…

「いま」「こんなに」「みるものすべてに」「よろこびを」「感謝のきもちを」ささげてるのなら。
60代、70代の自分は、どれほど、感謝に満ち満ち足りて、足りないことだろう。

ああ、こころの枷がはずれてゆく…
とっても、とっても、自由な きもち。


すばらしい


でも、あるときとつぜん 姉に言われた
「歳とったぶん、かんがえかたが頑固にになったりしない?」
自分の人生に懸けて、「まちがってました」と 言えなくなったりしない?

あたまっから冷水ぶっかけられた気がした
ああ、たしかに。たしかに…
そういうきもち、あるかも…
「みとめられないジブン」ってあるかも…
それが、「自分の駆けぬけた人生」なら…

あれからずいぶん経って。

姉に言われたことがすこし 当たってるジブンに出会う

上から目線なジブン。なにもかもがあたりまえってジブン。

衣、食、住、なにもかもあたりまえなジブン。

でも、ちがうん、だよね。
ちがうん、だよね…

きもちをまきもどしてみよう。もいちどもいちど。
あの10代のころ咲きほころんだ想いなら、また 咲かせることが できるはず。
できるよできるよ。できたころがあったのなら。

「ありがとう」も「すみません」も
もっと きもちよく するっと 言える。言おう。言えるはず。

「できない」とか「あのひとはできてない」なんておもわないで。
これは「わたし」のこと。

「だれか」なんて、関係ない。

何10年も生きつづけていれば ひとは みためは変わる


けれど、ひとのこころはマトリョーシカ。カプセルを開けるたびに、ちっちゃい自分…15歳の自分や、5歳の自分が根づいているのだ

15歳のあの日の泣きたいときに見あげた蒼い、蒼い空
5歳のときに近所でひっそりぬすんだ、しろい花。

全部、自分のなかに詰まっている。そう、記憶からぬけ落ちしまったとしても。


ねえ、こころのマトリョーシカ。あなたはわたしのどんな念いを、しまっていてくれてるんだい?
ねえ、こころのマトリョーシカ。いつか人生が終わるとき、わたしは わたしのわすれてしまったマトリョーシカを 憶いだすことが できるのだろうか。