。+°:*.氷花.*:°+。 -HiKa- -23ページ目

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あなたにどうか、
とどいてほしい、
わたしのこころ。


駅にいく道すがら 片あしのねこをみかけた
うしろ足かたっぽ なくて ひょこひょこ ふしぜんに あるいてる
きっと そのねこにとっては 「しぜんな」ことなのだけど

わたしのなかでまた、いやなおせっかいがわいてくる

「かわいそう」…

そのねこは きっと自分のこと かわいそうだなんておもってないのに


うちでもねこを、飼っている
だからもう、つぎのねこは飼えないのだけど

「つぎはわたし ああいうねこを飼いたいな…」

そう言ったら 家族はいやがった

「ねこはしあわせそうにしてるから、つかれてる人間を癒せるんだよ」
「かわいそうな」ねこを飼ったら、かわいそうで、とてもみていられない、と…


そうおもうのは、でも人間だけ
そのねこはそんなこと、おもってない


「えらばれた」ねこだけ 飼ってもらえるなら
人間にも、「えらばれない」人間がいるんじゃないのか

わたしが その人間じゃないのか

片あしのねこが わたしに問うている

わたしはふだん くだものを食べない そういう習慣がある

でもちいさいとき
いちごがすきで ミルクと砂糖をいっぱいかけて
スプーンでいちごをつぶして 食べるのがだいすきだった 独特の味


このあいだ 母とけんかをした

もういいや ねむってしまおう とそのあとすぐに 歯みがきをしていたら
母がわたしの部屋にやってきて ことん、と小皿をおいた

はんぶんに切ってある いちごたち。…


なんだかこころに いちごの あの あまずっぱい味が ひろがった


母のおもいやりを かんじて ちいさいころの自分を おもいだして

夢しかなかった ちいさなわたし 母がたまに「今日はいちごをミルクでつぶして食べよう」と うまくいちごをつぶせないわたしのぶんまで いちごをつぶしてくれた
あまずっぱい 思い出

あのころみていた夢が にわかに こころに咲いた

いまのわたし ちいさなころの おおきな おおきな 夢は しぼんでしまったけれど

想い出をつみかさねるにつれ それが 夢のようなうつくしいものに かわるのだと
ふたたび夢が 芽吹くのだと おもった

世界はうつくしい
もちろん きたないところも、あるけれど。…

風がすきだわ たなびいて たなびいて わたしを抱いてくれる
草がすきよ 「痛い、痛い」と言いながら わたしの足を 受けとめてくれる
空がすき 窓から外を にどとおなじでない景色を 飽くことなくながめてる

ふわりと桜
きれいな暁
まばたく星
はだ刺す雪

みんなすき


いつの季節も わたしを愛してくれている


たぶん… 神さまがつくったこの世界
イノセントに イノセントに…
わたしも 愛しかえしたい

あなたのそばにいても

  いっしょになみだしても
  いっしょに 音楽聴いても

あなたは ちっともしあわせじゃない

そばにいても
そばに いても。…

わたしには なにもして さしあげられない

孤独をしるとき 孤独を たしかめるとき
わたしは「いま」 自分が ここに「いる」 ことを かんじる

「さみしい」を 「つらい」を ひとり
かみしめる

生きていること、実感する


「孤独」というしあわせを、擁きしめる


それが わたしの「生きる」こと

あなたのさみしさを せつなく想うとき

わたしのくるしみを そばで見ていたひとたちは
どれだけ くるしんでいただろうかと ふと…
気づく

あなたの声、
「聞くとほっとする」って言われた
とてもうれしかった

「なぐさめられた」とか「悩みが晴れた」とか言われると
自分が生きてる鼓動が このこころに聞こえる

やっぱりわたしできてなくて。だれかにみとめてもらえないと、自分で自分のことみとめること できなくて

あなたにそう言ってもらえると
こころがよろこびにふるえる

わたし、がんばるから
もっともっと、すてきになるから

だからみんな、わたしのいのち おぼえていて

そうおもう いつも おもう

もう 10年ちかくも むかしのこと 夜

2階の自室の窓から たくさんの家々の あかりををみて
「どうか すべてのひとびとに しあわせが 灯りますように。…」
ねがったことが ある


いま わたしはしりあいにメールをおくるとき
さいごにひとこと
「やすらかなねむりが おとずれますように。…」
「いちにちにひとつ、うれしいことがありますように。…」
「おだやかに まいにちを過ごすことができますように。…」

などと 書いている

すると
かならずといっていいほど 相手から
「あなたが しあわせでありますように…」
といった文がつくようになった

ひとびとは ねがうこと いのること 日々の生活のなかで していないけど

じつは ねがったり いのったり したいんじゃないのだろうか
だから ねがわれたり いのられたり する 文章をおくられると
ひとびとのこころに とどくのじゃないだろうか

だれもなにも 意識していなくても
わたしは書きづつける

「あなたにつねに しあわせ 降りふりつもりますように。…」と。

あじさいの下には、なにかがひそんでいる…

子どものころミステリを読んでいたわたしは、あじさいを見るたび、こころがすこし ひんやりする
子どものこころにもどる

けれど3年前の6月、

なんともうつくしい花に逢った…

電車のまわりにひっそりと咲く、青いようなむらさきのような花 あじさい

むらがって むらがって 咲く、
もこもこした花は、
夜つゆをしっとりふくんで


…えもいえない、きれいだった…


うすむらさきかとおもうと、はしは青ばんでいる

みごとな
そして 神秘的なグラデーション


あの花をまた、こころに咲かせると…

わたしの胸も、しっとり濡れる

「神さまありがとう ぼくにともだちをくれて」

このフレーズに、母の目になみだがにじむ
このフレーズを歌うと、わたしの声も ふるえる


きっと孤独なときにとびきりうれしいことがあったとき、ひとはしらず 神さまに感謝するのだ


そんなふうにおもいながら、なんどもこの歌を歌っている

「ありがとう、ぼくのともだち ラスカルに逢わせてくれて」

家にかえってくるとちゅう 近所の 銀髪のきれいな…おばあさんと 出逢う

「こんにちは」声をかけると
彼女は そっと ほほえんだ
ふしぎに 目を見ひらくわたしに
彼女は そっと そっと…

手を差しだす

反射的に 手がのびる なにかが 手にふれる


秋の紅葉のような まっかな 葉っぱ…


「あなたが帰ってくるのを待って この葉がおちたんですね」
まるで少女のように ふうわり ほほえむ

ただ 木からおちたにすぎない けれど
やけに 胸にしみた

あれは… いくつだっただろう
やっつか ここのつ そのくらい

あのころは いまよりもっと いなかに住んでいて 食べものいがい、なにも手にはいらなかった

こどもの足で 約1時間あるいたところに、やっと ショッピングセンターがあるような 環境

ちょうど 母の日で けれど 母の日だなんてこと 気づかなくて
さがしものをしに 買いものに行って ほしいものを買って
帰ろうとしたら…

店屋の入りぐちに 造花のカーネーションがおいてあるのを みつけた

ああ、そうか きょうは、母の日か
いまさらに おもいだす
けれど手もとにのこっているお金は、50円玉 ひとつ

花 一輪の値段をみると 100円

買えない…

だまる
ずっと だまる その花を みてる
みているしか できない

ああ、あの花を この手にできたなら…


「ほしいの?」


ふいに 訊かれた
お店のおじさんに
なんとも言えず だまってうなずいた

「じゃああげる」
おじさんは 花をいっぽん 手わたしてくれた


おとなってなんだろう
やさしいのか つめたいのか
おとなになって おもう

おとなの おとななりの やさしさを