
ひとはいつ おとなになるのだろう
だれでも かんがえることではないだろうか
おとなって
「おとな」って?
お金をかせぐことかしら そのお金で 自分のすきなものを買うことかしら
結婚すること? 子どもがいること?…
なんだかうわっつら
本で読んだことがある
「子どもは どんなにかなしくても 泣いても しまいにねむる」
「けれどどうしても ねむれない夜をむかえたとき」
ひとはおとなになっているのだ…
なるほど、とおもった
たしかに 子どもなら 泣いて泣いて ねむってしまうことだろう 朝が来て なにをそんなに哀しがったのか ぼんやりしてしまうことだろう
わたしなりに かんがえてみた
わたしは
わたしは…
だれにも言えないひみつをもつこと
そのひみつを 一生涯 まもりぬくこと その 決意をすること
子どもは いつしかがまんできなくなって すべてをばらしてしまう こころに かかえきれないから
けれど こころにかかえる それを いつまでもこころにたもちつづけるとき… その決心を 守りぬくとき
世界にたったひとりぼっちのような 孤独をしるとき
ひとは おとなになっているんじゃないだろうか
これは わたしのひとつの見解だ ほかにもいっぱい いくらでも 「おとな」をしる瞬間があることだろう
けれどわたしは「おとな」という生きものに対して
ひとつの かんがえを投げてみる