。+°:*.氷花.*:°+。 -HiKa- -12ページ目

。+°:*.氷花.*:°+。 -HiKa-

あなたにどうか、
とどいてほしい、
わたしのこころ。


「目には目を。歯には歯を」

「これはこわい」と、まわりは言う。

「目をくりぬいたら、目をくりぬかれることで罪がゆるされるなんて」
野蛮。

わたしもおもってた


だけど、あるときエッセイを読んでいてはっとなった

“ひとは目をくりぬかれようものなら、激昂して相手を殺してしまいかねない”
だから、おなじことをしかえすことで、罪を赦せ。

…衝撃だった
…そうかもしれないと、なぜか おもった

あなたはどうですか。
目をくりぬかれたら…

たとえば、だまされたら。
うそをつかれたら。ばかにされたら。

だませば。うそをつけば。ばかにすれば。気がすみますか。
気がすむかもしれなくても、もっとひどいだましかた、うそのつきかた、ばかのしかたを
しませんか

真夏のチョコレイトは 溶けにくいよう 油分をおおめにいれてある
真冬のチョコレイトは ぎゃくに ふわりと口のなかでほどけ 胃のなか しっとりなじんでく

かるいアルコールに 胸があつくなる
胸にしみて、こころそのままを 擁きしめたくなる


もう10年ちかく だいすきな作家さんがいて みつめつづけているけれど
緻密な筆致と
ものがたりのさいごの一文と

あとがきのふしぎなぶきようさに

胸が真冬のチョコレイトのようにほろりと
くずれてく    

母がともだち数人と喫茶店に行ったときのこと

「トイレ、どこかしら」ともだちが言った

母はざっとまわりをみて、「トイレはこちら」と書いてある文字を発見して、「あ、あそこにあるわ」ともだちの背をおした

数分後。
ともだちが、「ちょっと~」と、口をとがらせて帰ってきた
「あなた、わたしのことからかったでしょ」
「え!?」おどろく母。
「“トイレ”じゃなくて“トレイ”って書いてあったわよ」
母、沈黙…


この話を聞いて、わたしは爆笑した、とともに
ああ、わたしは わたしの性格は ぬけてるところ 母に似ている としみじみおもった

「自転車の2大特徴ってしってる?」

小学生のころ、読んだで書いてあった

「とまれない、もどれない」


これって、人生とおなじだとおもわない?


ふうん、って、そのときはただ、読みすごした
でもおとなになったいまは、このこと、おもいついた作者がとてもすごいひとなんだとおもってる

母は渋谷の「スクランブル交差点」を、「スクエア交差点」にしてしまう

つまり、ななめ向かいにあるいたってかまわないのに、あくまで「直角」にしか あるかないのだ

渋谷をあるき慣れど、母といっしょしたことのないわたしは、はじめていちいち信号でとまる母に びっくりした

だって、渋谷だよ?
だって、いちど信号が赤になってしまったら、5分ちかく、待たなきゃいけないんだよ

時間のロス…

「おかあさんって、“スクランブル交差点”って聞いたことないの?」と爆笑しながら
「いつもつくってくれるスクランブルエッグって、じつはスクエアにかきまぜてた?」とからかいながら

つくづくわたしは わたしも わたしだって
スクエアに 四角四面に生きてる人間だって 笑いながら おもった

異国に 姉は連れていってくれた
お礼がしたかった

姉が地図で行きさきをさがしているさいちゅう、露店で いろいろな写真が売っている場所をみつけた

写真。
これって、いいおくりもの!

わたしは 写真にながめいった

なにがいいかな。このまちの春夏秋冬。馬車がはしる景色。ああ。どの写真?

と、店主さんが訊いた。「Are you Japanese?」
そのくらいなら、と聴きとれるわたしは「Yes.」どの写真がいいかな、とおもいながら こたえた

でも、値段がわからない
はじめての問いかけだ
「How much?」
「Fifteen.」
「Fifteen?」
ことばをまちがえたら、あとがややこしい。慎重に、訊く
「Yes,fifteen.」
15ドル。… こころにきざみこむ

わたしは一部の写真をながめながら、けれどあくまで正確な英語でていねいに もうひとつの心配ごとをたずねた
「This size, all fifteen?」
「Yes.」
通じた!

わたしはうれしくなって 25ドルさしだし、「John Lenon.」言った
彼は、わたしの言うとおりジョン・レノンの写真をエァ・キャップに入れ、25ドル札を受けとり、わたしのほしい10ドル札をかえした

少年少女の恋は、しゅんとのどをからくしてすぐ体におさまる、ソーダ水のようだ

少年は少女にロマンをもとめ、
少女はそんな少年にセンチになる

「女の子って砂糖菓子のようにふわふわなはずだよね」
少年の夢

「少年の望むようになりたい」
どうしたら、なれるの?少女

そしてがらすのように はかなく 砕ける日が いつか くる

はつ恋は、人間の成長過程として必要なもので、
かならずしもみのるものではない

いつかこわれ、がらすの破片につつつ、と裂かれ血がにじんでも

わたしたち、おもいだすだろう


はつ恋の、なつかしい、
あわい、思い出       

わたしはただ、この一節がすきだった
“ただ あなたのやさしさが こわかった”
胸にしみて しみて しみて にじむくらいしみて せつなかった

けれど、当時生きていた母は、「すきじゃない」と言っていた
「びんぼうくさくて」と

いま聴くと、わたしのかんじていることばがわかる、と言う

それはただたんに
感受性がゆたかだとか、とぼしいとか そういうことではなく
時代背景にあるのだと おもう

この時代、高度成長期。ひとびとは、「三種の神器」を手にすることを、夢にしていた
まして、ほかのひとよりお金にめぐまれなかった「わたしの母」は

やはり、びんぼうくさかったのだろう

もっと、花やかで 夢があって あしたがあって 未来があって
そんなこと歌詩こそが、こころにせまっただろう


歌詩の価値。それは、「ひとびとにうける」ことでもなく 「うつくしいことば」をならべたてることでもなく

そのひとの基準できめられることなのだ

神さまは、わたしの手を 離したことがない
いつも いつも いつだって わたしに手を さしのべている


きっと うらぎっているのはわたしだ


それとしらず、神さまの御手を しりぞけている


神さまのかなしみをしることもなく、できず、
のべられた手をはねのけたまま 生きている

おさないときに飼っていた犬。
いたずらっこだったわたしは、ともだちとふたりで、犬をしばりつけた
「どうして?」こんなことするの? 眼がひっしにうったえていた

いま飼っているねこは、いたずらに首をしめても ただ せきこむだけ
外に出たがっているから外に出すと、プードルに出あっただけで ちからいっぱい 逃げだす
父が気の毒におもって、プードルがはいれないよう門を閉めるくらい

どっちの犬も、ねこも、やさしさをあたえれば しっぽをふり、のどをならす

ほんとうにおそろしいのは、人間なのに。…


「しんじること。それがこの子たちの武器なんだ…」


人間には それがない。

しんじきれない
しんじる自分をゆるすことが どうしてもできない
「疑い」という誘惑に かられるだけ。かられたら、そのおもいをふくらませるだけ


人間て、なんてかなしい生きものなんだろう