25年ほど前に購入したマンションを明け渡すときが来ました。
前妻と息子が住んでいたのですが、もう彼女たちは新しいマンションに引っ越しています。
私の持ち物で捨てられないものだけ残してあるというので、マンションに行ってきました。
85平米の2LDKのマンションは、がらんとしていました。
前妻とはイギリスで知り合い、現地で挙式しました。5年ほどロンドンで暮らして、日本に帰国して3年目ぐらいのときに、このマンションを購入しました。
購入したばかりのときは、マンションに友人や会社の仲間を招待して、ホームパーティをよく開きました。前妻が超社交的で、そういうのが好きだったのです。
夏にはベランダから有名な花火大会を間近で見ることができるのが自慢でした。
下を見ると、観覧場所に入りきれない人が道路にまで溢れていて、大衆どもが蠢いているなぁって笑いながら、優雅に花火を鑑賞できたのですから。
数年後にはそんな花火にも飽きて、ベランダにも出なくなりました。
人生をむなしく感じるようになり、閉塞感を打開するために、私は転職を繰り返すようになりました。
妻も何かを感じていたのか、必死で不妊治療をして、待望の子供を授かることができました。
しかし、息子が生まれて、家庭に明るさを取り戻せたと思ったのは、ほんの少しの間だけでした。
私は結婚する相手を間違えたことに気づいていましたが、子供のために結婚生活を続けていこうと思っていました。
でも、会社の女の子にしばしば恋をするようになり、女性と仲良くしているところを妻からぐちゃぐちゃ言われ、一度きりの人生をこんなに満たされない気持ちで過ごしていかなければならないことに絶望していました。
そんなとき、パートナーと出会いました。
人生を取り戻す最後のチャンスだと思いました。
彼女ときちんと向き合いたいと思い、離婚を決意しました。結婚して13年目の40歳のときでした。
まさか自分が離婚するとは、思ってもみなかったです。
このマンションを離れたのは離婚してから数か月後のことでしたが、便利な場所にありますし、息子にも会えますので、その後も自由に出入りしていました。
息子が大学生になってからは、足が遠のいていましたが、それでも年に数回は泊りに行っていました。娘も何度か遊びに来ています。
かつての私の部屋は息子が使っていました。その部屋に私が昔買った本箱が残されていて、私の私物はそこに集められていました。
捨てられないものは、写真と手紙でした。
ふと周りを見渡すと、遮るもののなくなった壁のあちこちに穴が開いていることに気づきました。いったい、なにをどうすれば、こんなに穴が開くのかと、不思議に思いました。
マンション室内をゆっくりと見回ってみました。
タンスの跡や柱の傷、水垢のついた蛇口。
物は言葉を発することはないですが、確かに私に話しかけてくるのです。
ちくしょう……
なんだか泣けてきました。