ヤクザとスゴイ生活 -2ページ目

ゲーセンでも力づく

@1997年4月12日


神谷とゲーセンで待ち合わせした。
昼間起きていたのがこの2人だけだったから。いくらいつも一緒にいるメンバーの一人でも
初めてのツーショットになるとちょっと緊張した。
神谷は私に沢山話かけてくれるし、ゲームをしない私の座る位置まで気を配ってくれる優秀な男子だから
すぐに私の緊張も解けた。

神谷はけんかが一番強いわけではないのに、何故かパンチングマシーンでは機械の中でも一番の成績を
取る凄い力持ちだ。だから健太は納得いかずそれ以来このゲームは絶対しない。

2人でいると、みんながぞくぞくと現れた。私がUFOキァッチャアーの中の小さなメモ帳が欲しいと言うと
神谷を筆頭に4人が機械ごと持ち上げてざーっと中の小物も一気に落とした。
コレじゃあ苦労して取ってくれたって喜びが半減するよ。いらない物まで私の物になった。店員さんが怖がりながら
出て行ってくださいといってきた。

不良生活万歳だわ

@1997年4月1日

私の家から学の家へは電車で40分くらい離れている。
新宿から学の家の駅は10分。
学の住む町の駅は学生が多くて駅前はいつも混んでいる。
駅に迎えに来てくれない時は1人で歩いて直接向かう。改札を出て右信号を渡る商店街を通る方法と
住宅街を通る方法が選べる。私はいつも住宅街を通りコンビニに寄っていく。

そこのコンビニは皆が愛用している。
理由は軽々万引きできるから。2ℓのペットボトルジュース4本を岡ぴーは持って出てきたり、神谷はエロ本を両手いっぱいに抱えてきた日もあった。
そこを越えて橋を渡り公園を通り過ぎると学のマンションがある。

こんな所学を知らなかったら絶対来ない通らない道だと思う。
そこへ毎日通う。学の家周辺では学の家にしか用がない、こんな東京のど真ん中にあっても、
なんでもある商店街でも、私達は利用しない。

学の家の隣に何かの専門学校がある、生徒達が勉強している、サラリーマンが働いている、ラーメン屋さんが配達しているそんな時間私と学はお昼寝をする。

今日は風が気持ちよかった、月並みだけどカーテンが外へ出たり部屋へ戻ったりしている光景は気分良く眠りに入れる最高の時間だと思った。

学は私と会うまでは誰と寝ても横にいる事を忘れあげくの果て邪魔にさえ感じていたらしい、それが私に置いては寝ながらも気になりお布団を私にかけている。学自身驚きのウォームハートだ。
身長差27cmある私達は仲良く気ままにお昼寝している。起きる時間も決めないで。


不良には時間が沢山あって時間割を自分達で決めれる特権がある。しかも時間は丸々24時間で考えて行動できる。だって夜中も使えるから昼間に焦って予定を詰める必要はないし、寝る必要もないだって起きる必要がないから。電車の終電も気にしないし、変態や夜道も怖くない、自分達が怖いから。

優雅だ、気持ちに余裕がある。今そう思った。

真面目に生きてる子達の倍起きて笑っている、愛を感じている、友達を増やしている。

宇宙レベルの考え

@2005年8月9日


今私が東京からいなくなったら寂しがる人はとか、明日の私はとか、あの子はこれからデートなのに私は
とか・・・今野口さんが宇宙へ飛んでいる時代なのに私はなんて小さい規模で頭を回しているのかとうんざりする。
自分とのけんかが続いて早5年近く、本気で嫌いになったのはここ2年。
仲直りするきっかけも、もはや見つからなくなりこのまま私は一生自分とけんかをしていくのかも。
誰か助けてくれないものか?こう考えるのはいけない事なのか。
めんどくさい私をめんどくさがらずに丸ごと受け止めてくれる人を男女問わず今も明日も探しているけど
簡単にはいかない。何故なら誰にも本性を見せない、助けを求めないからだ。助けを求めて相手に拒否されたりギブアップされた時の落胆はもう嫌だ。


宇宙へ行くってどんな事なのかな?っと考えた今はさっきの私より少しだけ成長した気がした。
心の傷も無重力で軽くなるのか?この考えもさっきの考えより洒落ていて良いと思う。
来世紀生まれ変わったら私は私じゃなくなりたい。
メガネをかけて勉強をして世の中のために新しい発明をしたい。

それでも人を好きになるのでしょうね,どんながり勉でもだからまた傷は付くのね。

でも同じ失敗をして同じ傷はもう付けたくない。こんなに痛い思いは世の中で世界で地球で宇宙で

私だけが1度味わえばいい話だ。

よくある話になって欲しくない、この世の恋愛がそんな悲しい物で溢れて欲しくない。


だから学、1度だけにしなさいよ。繰り返して他の子を傷つけては駄目だよ。

家出少女の冷たい手

@1997年2月22日


「家出する」りえなから電話が来たのは朝8時だった。
昨日は12時近くに家に帰ってきてから奈々とずっと電話をして夜中4時にお風呂に入って
寝ようとした時には太陽が昇っていた。
それでも公衆電話から泣き声でかけてきた友達のために私はベッドを出てタバコを吸って真剣に考えた。

りえなには歳がすごく離れた双子の弟がいてお母さんと4人で暮らしている。私達はあまり相手の家の事情を聞かない、探らない。
ルールや掟という物では無く、知る必要性を感じなかった。
必要な事は名前それはあだ名でも偽名でも仮名でもかまわない
それから今好きな人、連絡先。それ以上の余計な事はいらなかった。

だから電話の後りえなが私の地元まできてマックで語った事は異例で秘密を打ち明けたりえなはよっぽど
私を信用してくれている証だった。
母親が暴力を振るう、弟達とあきらかに差別されている、鍵を開けてもらえない、聞いていてつい「酷い親ね!」と言ってしまった。

どういう状況でも人の親を でべそ 扱いしてはいけませんでした。

とにかく泣いているりえな、甘える彼もりえなにはいない。ずっとコーラに片思いし続けている。
今彼女は孤独とこの先の不安でいっぱいになっているはず、学校も退学、仕事もしていない、家までなくしたら・・・。
私はりえなの髪を撫でた。

朝の1発目の電話が鳴った、10時キキだった。集合をかけた。
携帯は不思議な物で1度鳴り出すと同じ時間帯に集中して私を呼ぶ。今日の6人目は学だった。
あれ?拍子抜けしている学。自分が珍しく午前中に起きて私に勝ったと思ってかけてきた電話のつもりが
私はもう外にいたからだ。
疑われた、昨日おやすみと最後に電話してから何処かに出かけてオールしたのかっ?と。
違うよ。睡眠3時間でここにいます。

この世には差別する親がいる。虐待する親がいる。その事実を私のママは認めない。母親は自分を痛めて生んだのだからと。
でも私はりえなが受けた傷を信じた。以前エレベーターの中で子供を殴っている母親を見た私はその母親を突き飛ばした。その人を罵ってやった。その赤の他人の親子は今無事かな?

根性焼き8個記録更新中

@1997年2月10日

記念日だ。私と学の付き合いが1年経った。
二人は良い意味で慣れた。かといって、付き合いがだらしなくなった訳でもなく
自慢では無いけど2人の間にはまだ新鮮さや緊張感大事な恋心や信頼感
日に日に確実な物が成立してきている。
障害物もたくさん乗り越えてきたからかもしれない。
寒い2月、私は学の横にいる。それで良い。周りの人にも2人が手を繋いで歩いている
シーンはもうあたりまえに焼きついているはずだ。


2人でデートもする、2人でご飯も食べる、2人でけんかもする、2人で笑い合っている
新宿駅で帰りたくないと心から思って半べそをかいた日もある、おはようっと何回も言い合った、
学の持っている洋服は全て知っていた、電話番号も記憶できている、もし今学を失ったら傷の深さは
何センチかと山手線でサトチカに質問された。

わからない。失う事と誰かに取られる事は違う。私の場合取られる事を考えると傷は深く
怒りもこみ上げて来る。ただ純粋にお別れが来たならっと考えるとそれはそれと何故か思えた。


新宿に着くとアルタ裏に直行した。
見慣れない顔が5人ほどいて見慣れた顔が10人ほどいた。
学は喜田とラーメン屋の階段近くで話している、2人とも身長180cmくらいある。
モテそうなのは喜田だ、でも私の彼は学だ。


遅いじゃん~!と近ずいてきたのは岡ぴーだった。
ここには時間は無い、早いも遅いも待ち合わせ時間もぐちゃぐちゃだから。彼はただ
自分の髪の色が変わった事をアピールしたくて近寄ってきただけ。自分で染めた髪は金髪を通りこして
白くなっていた。腕には根性焼きがまた新しく刻まれていた。
一昨日はなかった。昨日やったのだろう、まだナマ生しかった。笑っている岡ぴー。

もちろん自分でやったのだ。

少年と警察の仲

@1997年1月10日
日本に帰って来てお正月を迎えた私と警察から出てきた学は「今年も宜しくお願いします」
と改まった。
出会った日は半年もつとは思ってもいなかった。

警察からでた学は何処も変わらない、反省もない。
唯一つわかった事は警察に捕まれば私と会えない事らしい。
笑ってしまうが事実で、捕まらなかったら2人は誰にも邪魔されず自由にいくらでも一緒にいれる。
この事実がこの不良少年の非行行為を何回も助けれたのは本当の話で
私は警察から表彰状を頂きたいと考えているくらいだ。

でも私はアメリカへはもう帰らない。学と私の生活はここから本格的に始まった。

1月の東京は雪が積もっているのに今日も集まっている。これが学校なら
スゴク褒められる出席率だ。
顔の良いコーラはいつも遅刻してくる。今日はりえなもサトチカも来た。久しぶに皆で東京
で遊べるこの夜に私は興奮していたけど生理痛でお腹も腰も頭も痛い。


朝方3時明治通りのデニーズで神谷がホッカロンを買って揉んで腰とお腹に貼ってくれた。
皆はラーメンとかオムライス、ポテト、ホットケーキを食べている。私はそれどころじゃ無い!!
健太が私のカラーコンタクトを付けたいと騒ぎ出した。でも上手く目に入らないと激怒している。
朝5時そろそろ解散。そこに自転車のお巡りさんが「よお!おまえたち今日はもう帰るのか?」
顔馴染みらしい。不良と警察は敵対関係では無い。時に父親の様にも接する。

学は歩いて帰っていける、私とりえなと神谷は電車に乗った。
実はここにいる皆健太の家を知らない、どこに何で帰るのか不明なのだ秘密が多い。
心を開かない訳がきっとある。

組長より自分の女が怖い

@2005年7月18日

10年経てば物だって壊れていく。
当たり前の事だけど、次々壊れて・・思い出だからと言って採って置くのも
今の私には違っているから捨ててしまう。


学、5年前買ってくれたシャネルの海水用黒いショートパンツにもついに穴があいた。あれ何処の海にも
私持っていったよね。
ついでにビーチサンダルも剥がれた。

よーく着てた赤いミニスカートも汚れがひどくて捨てた。
旅行の時必ず使ってたウサギのゴムもビロンビロンになったから捨てた。
大好きだった鞄もトッテが切れた、あのヒールの靴だって捨てた。


どれもこれも最高に大切だったしかなり注意して扱ってたのに壊れてしまった。
代わりに買えばいい?違うでしょ、今ある物は2人の思い出が染み付いた物だから
新しい物では駄目なの。

今日ね、オレンジの花柄の水着を着たのあれももうホツレてきたし汚いけどあれをあえて
着たらやっぱり思い出した。「ちゃんとぎゅーって縛ってね」「この高さでいい?髪の毛持ち上げろ」
夏は良くこの会話したね。学は私のビキニ毎回毎回結んでくれた。面倒くさがらずに1日何回も
結び直してくれた。帰って来て水着を洗って絞って干す所までも学の仕事だったね。

私がメイクしてる間暇だから学はしゅしゅっ言って格闘技の素振りみたいな事してたね。
私に当ててよく怒らせたよね。


私、怒りまくってたね。組長より警察よりカナウが恐ろしいと言ってたらしね。

わかる、自分でも。わかってた。だからごめんねを今我慢という形で表してるの。


我慢、我慢。納得いかなくても学の考えが1番優先。我慢する、これからも。我慢すれば・・・・報われますか?褒めてくれますか?誰か誰でも良いから「よく耐えた」と頭を撫でてくれますか?

犬の糞を喜んで食べた奴

@岡ぴーは昔から一番「今時の子」をやっている。
言葉使いもファッションも行動も。
何処でも寝れて、どこでもすぐ馴染む。例えば少年院に入った時でも出てくる1年後には「まだ入ってても
良かった、寂しい」とその環境を充分楽しみ、私に中で出来た友達について面白く語っていた。
毎日のラジオ体操の事、点呼のやり方「いっちにさんしごろぅしち けつっ!」
人見知りが多いお高くとまったこのグループで
唯一の存在だ。広報担当といったところだ。
友達の多さも1番で携帯は常に鳴っていた。ドラックも神谷と一緒にやって健太に殴られていた。

岡はけんかはあまりしない、ゴキブリが大嫌いでカラオケが大好き。
話がなくなると電話でも歌っていた。クラブでも輝いていた。
(学も健太もクラブでは花開かないたちだ。)
漫画の世界にたまに入り込み演じきっている事もある。

嘘か本当か かりんとうだよっと言われて喜んで岡が食べたのは犬の糞だったと聞いた!

ある日「カナウ?人って人生の3分の1は寝て過ごす事になるらしいよ、もったいねー!俺寝ないで遊ぶ」
と突然電話がかかって来た時があった。寝てはいただろうけど昔ほど寝てて電話に出ないとか、遊びにこない日が確かに減った。

面白い子だ。岡の弟も4つ下で昔はただの弟だったのに今じゃヤクザになった。でもさすが兄弟、良くしゃべる良い子だった。私にも良く電話くれたり、会ったりした。


皆男兄弟だ。学には兄が。神谷には弟が。健太にも弟、この弟も都内1の喧嘩っ子になった。
恐ろしいほど無表情で愛想がない弟だった。村上兄弟と有名だった。どっちが強いかは図らない事
になっていた。でも健太はいつも弟雄太を気づかっていた。


岡が泣いた所を3回見た。誰でも泣くのだ。不良のギャグ担当、友達いっぱい、顔良しでも泣く日もあるんだ。

学、現行犯で逮捕

@1996年12月22日

冬休みが来て私も誕生日を迎えて日本へ帰る所だった。

日本から電話が来て、学が捕まった!
傷害事件の現行犯。加害者でも被害者も無い。けんかだったみたい。
健太と神谷は「留置で出てこれる」っと断言してくれたけどせっかく帰るのに会えない
の?面会できるらしいけど15分だけだ。もちろん触る事は出来ない。


あまりにも突然でびっくりした。
今学は何を考えてるんだろう?ご飯食べてるのかな?どうしてそんな
事件起こしたんだろう?なんで学だけ捕まったのか?


とにかく帰って面会に行こう。




精神科なんてクソくらえ!

@1996年12月3日
カウンセラーに裏切られた。
NYでは18歳以下の男女が親の許可なく暮らすと最悪逮捕されると脅かされ、私の親へ勝手に
連絡をして、Schoolへも通達し私達の生活を壊された。破壊だ。

学は即刻日本へ返させる事になり、私はここへ残った。


カウンセラーは日本人の女だった、お金払って質問に答えて何でこんな事になったのか?
しかもあの女は私の前では「うん、わかるわかる」っと全てに賛成同意や味方してる振りしていたのに。
 信じた私が馬鹿だった?

学を空港へ送った。学が手紙を書いてと言うからその場で書いてあげた。学の手の甲と掌にびっちりと。
そしたら数分後学は皮膚が弱かったのか字が浮き上がり気持ち悪い事になっていた。
「俺手洗わないから」学はスゴク大切にしてくれた。
渋谷でキムタクと握手した私でさえそんな風に思わなかったのに。


私も日本へ帰りたい。このまま一緒に飛行機に乗りたい。また離れるはめに。

今年ももうすぐ私の誕生日が来る。でも今年は去年出会ってなかった人が沢山私の元へ入って来た収穫豊富の年だった。


今私は充分幸せだ。16歳。学は?幸せですか?