仕事抜けて、まちの駅勉強会
仕事を助っ人に任せてボクは「まちの駅連絡協議会」の勉強会に参加しました。
毎回、色々な地域で開催されている連絡会なのですが、今回は豊島区開催という事で、長崎4丁目町会事務所で開催されました。
まちの駅というのは町の休憩所で連絡会はその横の繋がりを作る役割を担っていると僕は理解しました。
で、各地で実験的に採用されている「まちの駅」では、そこをキーステーションにして色々な取り組みがなされている事を知りました。宅配事業の基盤にしているところや、物産展をプロデュースしたりとか、「まちの駅」の機能をそれぞれが解釈してチャレンジの基盤にしているところが素晴らしいな、と思いました。
その後は街の現状などで座談的に情報を交換。
わが町長崎十字会商店街でまちの駅をどのように考えられるかは、これから色々考えていきたいですね。こういう事を考えることは楽しい。

と言う訳で懇親会。かんぱーい。
この場で各地の取り組みなどで盛り上がりました。
東大島パルショッピングプラザの皆さん、お隣椎名町のお休み所「椎名町みとら」を運営する金剛院の住職さん、行政書士の方など、色々な職種、色々な立場の人が参加しました。
みなさん地域の問題に悩みながら、それを解決しようと頭をひねっているんですね。
仕事を途中で抜けて参加した訳ですが、参加して本当に良かった。新しい出会いもあったし、それによって何か広がっていくようなイメージも沸きました。仕事は勿論大事な事ですが、人生の要素の一部分でしかないと思っています。色々な活動に参加する事で人は洗練されていくものと考えます。
それでもよく「ひとつの事に集中したほうが良い」といわれる事もあります。でもボクはそれは違うと思っています。何故なら一つの事を極めているように見える人って、それ以外の事にも精通している事が殆どだからです。
かつて「機動戦士ガンダム」を作った富野由悠季監督はアニメーション作りに必要な人材について「アニメを見ない人」を挙げたことがありました。他の経験を積んだ人だったり、実写映画を沢山観た人がアニメに入って欲しいといっていました。
つまり一つの事を形成する要素というのは、ただそれだけをやっていれば成せる訳ではないという事です。
例えばやきとりキングだって、新しい商品やサービスを考える時には、その時の市場の傾向だったり、テレビ・ラジオの情報だったり、SNSのつぶやきだったり、色々な要素を見てからでないと浮かんできません。それらの情報を得る為には、ネットやマスメディアもいいですけど、やはり色々な業種の方と直にふれあう事が大事だと思います。
街づくりに関して言えば、どれだけ横の繋がりを作って協力しあえるかがこれからのキーポイントだと思います。すぐに行政や政治を頼るのではなく、お隣さんお隣さんと手を組んで行くことが大事なのです。
そういった意味でもとても良い機会でした。主催者の方に感謝します。
毎回、色々な地域で開催されている連絡会なのですが、今回は豊島区開催という事で、長崎4丁目町会事務所で開催されました。
まちの駅というのは町の休憩所で連絡会はその横の繋がりを作る役割を担っていると僕は理解しました。
で、各地で実験的に採用されている「まちの駅」では、そこをキーステーションにして色々な取り組みがなされている事を知りました。宅配事業の基盤にしているところや、物産展をプロデュースしたりとか、「まちの駅」の機能をそれぞれが解釈してチャレンジの基盤にしているところが素晴らしいな、と思いました。
その後は街の現状などで座談的に情報を交換。
わが町長崎十字会商店街でまちの駅をどのように考えられるかは、これから色々考えていきたいですね。こういう事を考えることは楽しい。

と言う訳で懇親会。かんぱーい。
この場で各地の取り組みなどで盛り上がりました。
東大島パルショッピングプラザの皆さん、お隣椎名町のお休み所「椎名町みとら」を運営する金剛院の住職さん、行政書士の方など、色々な職種、色々な立場の人が参加しました。
みなさん地域の問題に悩みながら、それを解決しようと頭をひねっているんですね。
仕事を途中で抜けて参加した訳ですが、参加して本当に良かった。新しい出会いもあったし、それによって何か広がっていくようなイメージも沸きました。仕事は勿論大事な事ですが、人生の要素の一部分でしかないと思っています。色々な活動に参加する事で人は洗練されていくものと考えます。
それでもよく「ひとつの事に集中したほうが良い」といわれる事もあります。でもボクはそれは違うと思っています。何故なら一つの事を極めているように見える人って、それ以外の事にも精通している事が殆どだからです。
かつて「機動戦士ガンダム」を作った富野由悠季監督はアニメーション作りに必要な人材について「アニメを見ない人」を挙げたことがありました。他の経験を積んだ人だったり、実写映画を沢山観た人がアニメに入って欲しいといっていました。
つまり一つの事を形成する要素というのは、ただそれだけをやっていれば成せる訳ではないという事です。
例えばやきとりキングだって、新しい商品やサービスを考える時には、その時の市場の傾向だったり、テレビ・ラジオの情報だったり、SNSのつぶやきだったり、色々な要素を見てからでないと浮かんできません。それらの情報を得る為には、ネットやマスメディアもいいですけど、やはり色々な業種の方と直にふれあう事が大事だと思います。
街づくりに関して言えば、どれだけ横の繋がりを作って協力しあえるかがこれからのキーポイントだと思います。すぐに行政や政治を頼るのではなく、お隣さんお隣さんと手を組んで行くことが大事なのです。
そういった意味でもとても良い機会でした。主催者の方に感謝します。
バスケとボールしたからヘロヘロさ。
バスケしてきました。
地元の先輩とやっています。
いっぱい動いたので疲れました。眠いです。
でも月一回だけどスポーツに興じるというのは良いものです。
一年以上続けているうちに、そこそこ上手になってきました。今日もカッコイイプレイを3回出来たので満足です。
今日はこんなところで。
地元の先輩とやっています。
いっぱい動いたので疲れました。眠いです。
でも月一回だけどスポーツに興じるというのは良いものです。
一年以上続けているうちに、そこそこ上手になってきました。今日もカッコイイプレイを3回出来たので満足です。
今日はこんなところで。
お客様はお客さまです。
「お客様は神様です」と昔の大歌手が言ったせいで客が神様だと思っている人が増えちゃったと思っていますが、それって違いますよね?
うちのお客さんも須らく人間ですし、お店の人も人です。人が人と、物とお金を交換する行為が買い物ですものね。
うちのお客さんにはいないのですが、かつてサービス業で働いていた時は「こっちは客なんだ」といきり立つ人ともお会いしたことあります。でもそれって寂しい反応ですよ。
お年寄りの方なんかは買い物したあとにボクが「ありがとうございます」を言う前に「ありがとう」っていう方もいます。その瞬間もっとも素敵な交換行為が出来たな、とボクは思うのです。
だからボクはお客様は友達だと思っていますよ。それはいかなる年齢、性別関係なく、友達だと思って接しています。いつぞ現れるか分からない神様よりも「友達」の方が尊いですからね。
こういう事を書くと「お金貰っているのに」という反応をされる方が稀にいらっしゃいます。逆にお伺いしたのはお金を払うという行為ってそんなに偉いものなのでしょうか?
先ほどから書いているようにお金というのは交換の仲介役に過ぎません。物々交換だとその時の需要と供給によっては成立しない交換を、お金と言う物差しを介在させる事でスムーズにしている、ただそれだけのことです。お金ってそういった便利な道具に過ぎません。
その道具を多く持っている人、支払う側が偉いなんてロジックは、正にお金の持つ魔力が生み出したものと言ってもいいでしょう。
そんな人に読んでもらいたいのが「お金のいらない国」という絵本です。
お金のいらない国/長島 龍人

¥945
Amazon.co.jp
この本でお金の無い国に暮らす人とのやり取りが出てきます。みんなそれぞれの役割を果たすことでそれぞれを補完しあう社会がそこには描かれているのです。
勿論、それはかなり曲論的な理想です。この絵本のような国にはならないでしょう。でも基本的な考え方として「お金のいらない国」をベーシックに据えると、世の中の問題がいくらかクリアに見えてくるのです。
お金の魔力に幼少から浸らされるのが現代社会です。お金による冷たい合理主義では無く、暖かな合理性がそこに表現されているので一読の程を。
最後に誤解のないように付けたすと、お客様はとても大事です。それは神様以上です。だからこそお友達のように、仮に買いものでは無くても、来てくれる事が嬉しいのです。これキレイゴトのように見えるでしょうが本当ですよ。