言葉は追いつけない
久々に実家でのんびりすると思い出したりする。
小中学生の頃から変わらず好きな世界 。
ブルーハーツとガラスの仮面。
もう歌詞カードもなくて、ガラスの仮面は捨ててしまったのだけど、
世界は残ってる。覚えてる。
一躍スターになった後にスキャンダルカなにかで没落したまや。
でも心は落ちていない。
やっとつかんだ一言のセリフの名前もない役。
その一言のセリフをもつ役になりきろうと
もお特訓をする彼女の汗。
笑顔。
かっこ悪いとかはない。
本当に演技が好きなんだーという情熱。
熱いくらいの臭いくらいの情熱にあこがれる。
私もせっかく掴んだ自分の好きな仕事。
情熱を傾けてみたい。
ブルーハーツの歌詞も何年たっても
凄い。
あんな歌詞ほんと凄いの一言。
素晴らしいよねーとか、尊いよねーとか、
えらいよねーとか、そんな言葉は足元にも及ばない。
凄い。
言葉が追いつかない圧倒的なものがいい。
そこまで突っ走りたい。
あらゆる雑音を振り切って。
でもかすれるような音の本質には耳を傾けていく。
トラウマケアの人
◇西沢哲さんプロフィール 1957年神戸市生まれ。大阪大学卒、サンフランシスコ州立大学教育学部修士課程修了、専門は臨床心理学。著書に「トラウマの臨床心理学」(金剛出版)、「子どもの虐待-子どもと家族への治療的アプローチ」(誠信書房)などがある。
UNDP
以下国連開発計画(UNDP) 広報・市民社会担当官 三上知佐氏より回答http://www.aiesec.jp/news/041121_ko_kaihatsu_mikami.html
Q11.実際に現場でお仕事する際に、現地スタッフと共に汗を流す、との事でしたが、デスクワークと現場での仕事の比率はどのくらいでしたか?やはりデスクワークの方が多いのでしょうか?
A.私のキューバでの仕事は、その性質上デスクワーク8に対し、現場での仕事2くらいの割合でした。
でもそれは、私が国連職員だからというよりは、私の仕事の内容がそうであったからそうなっただけで、同僚の中には、ほとんどずっと現場という人もいました。
同様に、NGOで仕事をしても、その内容が、経理、人事、総務など本部の管理部門であれば、現場で汗を流すことはありませんので、「国連=デスクワーク」「NGO=現場で汗」という単純化はできないと思います。
Q12.外国語の習得の度合いと、必要性を教えて下さい。
A.国連では、英語とフランス語が二大公用語で、その他にも四つの公用語があります。
この中でも、現在は英語力が必須で、これはいくら学んでも学びすぎることありません。更に、他の国連公用語に関しても、少なくとも一つはそれを使って仕事ができる程度にできることが望ましいといえます。
Q13.UNDPで働きたいと希望する場合、修士号の取得は必須ですか?必須だった場合、日本の大学院、最近設立が増えている公共政策大学院でも大丈夫ですか?
A.修士号は必須ではありませんが、人員の募集から採用までのプロセスで最初の段階が履歴書の審査であることを考えると、持っている学位が高いに越したことはありません。
また、最近の募集では、専門職員のほとんどに修士号以上が要求されているのが現状です。大学の知名度やランキングは問われませんが、卒業生に国連職員が多い大学院は、ネットワーキングをする上で役に立つと思います。 公共政策大学院を卒業してからUNDPに入ることは、もちろん可能です。
ただし、勉強した内容と募集要項で要求されている専門分野が一致している人が募集されているポストの採用に有利であることは言うまでもありません。
Q14.いくつかの career stage, position を経て現在の仕事をされていると思います。やりたい仕事をする、国際キャリアのポジションを実現する(していく)中で、困難だったことは何ですか?それをどのように解決されたのでしょうか?またcareer, position, lifeのバランスをとる工夫をされていますか?あるとすればどのようなことですか?
A.自分では一生懸命仕事をし、しかも成果を出していたつもりであったけれどもそれが評価されていないと感じたことがあり、その原因を特に欧米出身の同僚と比較して思ったのは、自己アピールとネットワーキングの不足ということでした。
国際公務員として仕事ぶりを評価されるためには、一をやったらそれを十にして表現するぐらいの発信能力が必要であり、謙譲の美徳を文化的に植え付けられてきた身には、大変難しいものがあります。
この問題は、まだ、解決したとはいえませんが、良い意味でずうずうしくなるよう、日々努力しております。
仕事と私生活の両立というのも常に重要な課題で、なまじ好きな仕事をしているとついついのめりこんでしまうことになります。
仕事にはきりがないので、優先順位を決め、「明日できることは今日やらない。」をこころがけ、また、オンとオフの切り替えをするようにしています。
project 100 jours
Je voudrais commencer le projet de 1000jours.
Ce projet est de essayer quelque chose sans terminer pendant 1000jours.
Mais, pour mois,il fais mieux de commencer projet de 100jours.
On peut essayer de faire tous le chose on voudrra....
Pour premier jour, je va decider deux projets et apres je vas decider autre projet aussi...
1. Etudier 5 hours sans ecouter musique en vacances, 2 hours en semaine.
2. Prier matin et nuit
(commencer le 23 Mai. 2005)
語学を学ぼう。今のうちに。30代で思いっきり働けるよう。20代は徹底的に語学。日本語の運用も含めて。
ギャップ
テレビをつけると飛び込んでくるのは日本のニュース。
銀行員の51歳の男が小学生の女の子を
インターネットでつなげたほかの男たちに売春の斡旋をしていたというもの。
そして6万5千円を受け取った。
チラシに応募してきた女の子たち。
彼女らを紹介してお金を受けとる銀行の次店長の男性。
そして連日のピアノマンのニュース。
中東のニュースはテロがない限り流れない。
日本のテレビでは。
今日、某国の友人からメイルが届いた。
子ども病院の院長をしている。
今朝、出勤したら男と警察官が病院の入り口でなにやら話している。
近づくと生まれて数時間しかたっていない赤ん坊を抱えている。
外で拾ったという。
2人の赤ん坊が置き去りにされ、
1人はすでに野良犬に食べられてしまったという。
彼に見つけられた赤ん坊は幸運だったという。
病院長の彼は一通り指示を出し、
自分のオフィスに戻り、泣いた。
”世界を変えたいと願うならまずほかでもない自分を変えることだ”
私はガンジーの言葉を思い出すことで
かろうじて焦点を保つ。
南アフリカ
タンザニアの研修で、エイズの偏見にあった女性の話がいまだに忘れられない。
彼女は言った。
私を人差し指で指してください。と。
言われたとおり人差し指を彼女に向ける。
すると彼女は参加者に言った。
ほら、よく人差し指を作っているあなたの手を見てください。
人差し指は私に向いています。
確かに。
でもより多くの指は3本、あなた自身に向かっています、と。
エイズの問題を考えるとき、忘れてはならないこと。
感染した人を非難する(人差し指を向けている)とき、
自分自身を振るかえる必要がある、と。
ワシントン発のブログからの抜粋。以下。
南アフリカ共和国全体のHIV/AIDS感染の実態を表す数字 ・
国民全体の約12%が感染している。
・妊婦の4人に一人が感染している。
・性的にアクティブな年代の約22%が感染している。
・10万人の赤ん坊が感染している。
・毎日約700人ずつ新たな感染者が増えている。
・国民の平均寿命は現在約50歳だが、15年後には約40歳に落ちる。
貧困に追い討ちをかける病
世界が100人の村だったら3、という番組を数日前に見た。
舞台はフィリピンのごみの山に住み働く12歳の少女。
炭鉱で働く11歳の男の子。
アルゼンチンの13歳の母親。
いずれも共通しているのは、
子どもを生んだ後に子宮をわずらい、病気になってしまった母親にかわり、
ごみ山で働き出したり、
不潔な環境のために赤ちゃんが病気になり、薬の買えない少女、
など、病気が貧乏に拍車をかけ、
貧しさがさらに病気を招くという悪循環だった。
私は自分の興味のためにカリキュラムデザインを
学びたいとか、いろいろと思っているけれど、
こういう番組を見ると考えさせられる。
この子達にわたしのカリキュラムデザインは役に立たないだろう。
そういったカリキュラムが届くのは
貧しさのどん底からは少し離れた子どもたちだ。
フィリピンのあの子にとって助けになるとするなら、
たとえば、ごみ山でのNGO
働きながら駆け込め、少しでも学べる、
たとえばバングラデシュの農村で目にした
大人たちの識字学校に近いものだ。
こういった子どもたちが思春期を迎えたときに売春に走らなくてすむよう
職業選択の余地を与える職業訓練。
母親が出産時に子宮をわずらったのが彼女の貧しさの原因にもなっていることを
考えると、フィリピン政府への保健支援も重要。
11歳の炭鉱で働く男の子も。
マスクもつけずに働かされているという問題は、法的な問題でもある。
政府が雇用主に義務づけなくてはならないこと。
彼も、父親が貧しいから炭坑に出稼ぎにいかなくてはならないのであって、
私のやりたい小学校のカリキュラムデザインなど彼には意味がないことだ。
13歳のアルゼンチンの母親。
彼女も仕事がない。そして、赤ちゃんのために、
家政婦の仕事も続かない。
赤ちゃんは病気になるが、診察費は無料でも、処方される薬も買えない。
保健教育。
女性のエンパワーメント。
収入。
社会学的な視点がもの凄く大切なのではないだろうか。
そう考える。
社会学というのは、結局教育を包括した、
もっとダイナミックなもの。
大地を的にするようなもの。
教育も学校教育だけではなく、社会学に近い分野もあるけれども。
なんだかだんだん真剣になってくる。
以前は異文化が楽しくて、じぶんの魂の踊ることをしてきたら
自然と途上国への国際協力になったのだけれど、
今は少し違う。
国際協力と称して、日本よりも楽な生活をしているような
そんな風にはなるのではなく、
変えたいと思う現状がある。
その人が私の家族だったらと思うといてもたってもいられないのだ。
弱くて楽なほうに流れていくようなところもある自分だけれど、
一方で真剣にそう心で感じている私がいることも事実。
私が私として人間としてここにいるという証でもあるこの思い。
