2000年前後
サイクリングしてても、山登りしてても頭の中では多くのことが電車へとつながっていく。峠の小さなトンネル、神社や道祖神を目的に走ったりしたが一番の関心事は鉄道。

篠ノ井線に乗ると気になる車窓は梓川沿から常念山脈。姨捨から善光寺平。気になる駅は姨捨そしてここ〝冠着〟。秘境駅に降り立つ18切符の旅はしなかったが、自転車では目的地にした。

隣の麻績改めて聖高原駅から20分もかからず到着。電車に乗っていると何でこんなとこに駅がと思う山奥だけど、現地を走ってみると駅の手前とトンネルの上あたりに結構人が住んでいた。
このまま山道に入っても隣の姨捨駅に抜けられるが、善光寺街道は麻績から国道403号線で猿ヶ馬場峠を抜けている。

当時は昔使っていた蔵が壊れかけているくらいだったが、いま行けば限界集落に近づいていて人家の廃屋も多いことだろう。
長野にも松本にも、鉄道でも自動車でも通えるが、どちらの街も都会ほど生活費がかからず移住のハードルは低い。病院などまで入れるとお年寄りですら移り住んでしまうから過疎は進んでしまう。
里山どころか里ですら維持できず、野生動物が住みつくのは当然のなりゆきで、なにかの本のとおり、自然に押され我々人類が衰退しはじめている表れなんだろう。

麻績はいろいろな方向に抜けられる。四十八曲峠越えでは戸倉上山田に抜けられ、ここにも魅力的なトンネルがあったように覚えている。二車線長大な平成新道、坂上トンネルは開通していたが旧道もまだ走れた。
松本からこの辺りまで来ると帰り道に困る。往きは気合い入っているが復りは惰性、峠越えは避けたい。輪行はよしとせず必ず人力で帰ることを旨としていた。
麻績からだと差切峡を通り犀川国道19号に出ると峠越えは無い。ただし距離が長く交通量の多い道を延々と緩やかに登る。善光寺街道に沿って帰ると風越峠に刈谷原峠とA級の峠が待ちかまえている。妥協案で国道403号線に沿って明科へ抜けるルートへ。

ここも西条と明科の間に矢越峠がある。今は改良され長い立派なトンネルみたいだが、当時はあじのある昭和のトンネルだった。
ちなみに並行している篠ノ井線の方が先に線形改良され、複線断面の新トンネルを単線使用、383系が130km/h走行している場所。明科側には旧線を利用したハイキングコースがある。