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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。


1984年、大宮駅。本当は黒磯以北から来る〝455系なすの〟を写しに行った。ヘッドマークが付いていた訳ではないので、サボを撮ってないと〝まつしま〟と変わらない…とガッカリだった思い出は残っていて、写真は165系しか残っていなかった。

〝はやぶさ〟や〝富士〟を眺めていた頃、西鹿児島がはるか1500km先にあると図鑑から知って漠然と覚えていた。帰省で筑後までは寝台特急や新幹線乗継で行っていたので、熊本や鹿児島はその少し先ぐらいに考えていた。

1997年、鹿児島本線阿久根駅?おそらく。
民営化から10年たっていたが、原型のままローカル輸送に着いていた。

 往きは八幡浜から夜行便のフェリーで別府に渡り日豊本線で、復りは鹿児島本線経由で。

大分~宮崎、宮崎~西鹿児島、西鹿児島~熊本と覚悟していた以上に長い移動時間だった思い出がある。都城前後の山岳区間の景色は良かったし、東京なんかに目もくれずに栄えている鹿児島や宮崎の街が新鮮に映った。

1998年だったと思う。お正月休み明けに暇ができ18切符で土合駅を目指した。高崎から臨時に越後湯沢まで延長運転する、若者向けスキー列車に乗ったように覚えている。

 直後に水上発の長岡行き定期列車があり〝乗り鉄〟達は直ぐに去り、真冬の土合駅を独り占めできた。

 冬山も入るので寒さは気にならないレベル、暇だろうと心配していたがそちらも杞憂だった。貨物やシュプール号の引き上げ。3時間程の滞在中に適度な間隔で列車が通過した。
 ちなみに厳冬期の谷川岳には立ち入ったことがない。親から絶対にダメだと言われていた。同様の忠告を受けていた山仲間が少なからずいたから、昔から危険な雪山で有名だったのだろう。