ちゃたろのブログ -20ページ目

ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

阿波池田から琴平、坂出で乗継き213系〝快速マリンライナー〟に乗車、初めて瀬戸大橋を渡った。夕刻で既に薄暗く途中駅から混んでる車内に立って乗車、何となく瀬戸内の多島海を見渡した記憶は残っている。海の上を大好きな電車で渡った以上の感動は残らなかった。

 マリンライナーはいつも混んでいた、瀬戸大橋線をゆっくり座って堪能したのは、その後に乗車した琴平発岡山行きの季節臨?各駅停車111系の車窓からだった。

1992年岡山駅。

 瀬戸大橋線が開業した直後に、親父が四国に出張でマリンライナーの指定席券を持ち帰ってきた。どうせならもう1000円位追加してグリーン車にした方が良いよと言ったが、会社の規定でグリーン車は無理だと返された。

 出張から帰った親父はグリーン車からの景色は、お前の言った通りに良かったと教えてくれた。自腹か経費か知らないがグリーン車に替えたみたいだった。〝鉄道好きも役に立つな〟と褒めてくれた数少ない思い出だ。

 高松(岡山)から高知に一気に抜けると、山越え2回に途中は険しい渓谷、ものすごく遠くに来た感じがあり旅行気分が盛り上がる。


1992年、須崎駅。高知から先の優等列車も特急格上されていたが、まだ181系が活躍していた。今でも国鉄色は好きだけど、あの頃はご当地カラー導入で変革を意気込みを感じられた。

1992年、阿波池田駅。急行〝よしの川〟、高徳本線は特急化されたけど、徳島本線はまだ急行だった。確か最後まで急行だったはず。

阿波池田は毎回乗換、待合せ時間ができ〝祖谷そば〟を食べたり、初めてのこの時は高校野球のあの〝池田高校〟を見に行ったように覚えている。


18切符で旅行していた頃、途中区間に転換第三セクター鉄道が挟まり別料金を支払い何とも不便な思いをした場所が何ヶ所かあった。そんな1箇所が予土線若井~窪川。


1992年窪川駅。土佐くろしお鉄道TKT8000系。車両中央部に窓の大きなクロスシートがある、観光客を意識した車両。この頃は間違いなく役立っていて混んでいた。
 ごめん・なはり線が開業する頃までは元気だった印象がある。2015年頃に訪れた頃には車社会の浸透に人口減少が始まり、高知県も辛くなっている様子が伺えた。せっかく造ったインフラ、労働力不足を逆手に活かして欲しい。

窪川駅、特急〝南風〟。まだ路線は中村までだったが特急は充実。〝南風〟〝あしずり〟〝しまんと〟と分かりやすい分類になりJR四国の意気込みを感じた。