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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

ツアーの大人たちは30年くらい前の日本の光景だと言っていた。30年前を知らない私は、その頃によく読んでいた宮脇俊三氏の紀行文を思い出しながら、車窓や車内を観察した。

待機する機関車

貨物ヤードの入替機

保線基地?

駅名標、柵もなくホームのすぐ後ろに畑


 日本の鉄道技術は世界最高水準だとは思う。ただ日本でしか役立たない事も多い。反対に海外の貨物鉄道には真似出来ないと思えるモノがある。長大編成の貨物、中国やアメリカは参考にならなくても、西ヨーロッパで活躍しているくらいは日本でも鉄道貨物を活用していけないものなのか?

1985年。香港の九龍駅から中国の広州駅まで直通列車に乗った。

 母方の祖父が戦中、大陸に赴任していた。ツアーなら入国できるようになった中国へ、死ぬ前に再訪したいとなり、母とお世話係兼荷物運びで同行した。

 香港側の九龍駅は空港みたいだった。国境までは電化されていたが、直通列車はノンストップだったからDCが牽引していたのだろう。20両程連結したように覚えている。車中のカーブで見ても先頭車も最後尾も見られなかった。
 途中の深圳で徐行し、駅とフェンスの国境を超えたように覚えている。出入国の審査は九龍駅で済ませてあって、広州駅ではそのまま迎えのバスに案内された。
 車内は広々していて、当時の485系より余裕がある座席配置に天井高。40kmぐらいを1時間かけて走ることもあり、静かで揺れもなかった。
 ちなみに父方の祖父は、徴兵され中国に出征している。経験の差からか、中国を再び訪れたいとは言わなかった。ただ〝戦争なんてするものではない。庶民が割りを食う〟とよく口にしていた。

 

 

1987年。ロサンゼルス近郊。全日空がANAになって国際線を就航させた頃、日本円に日本経済が強かったからか、ロサンゼルスの知り合いの所に遊びに行けた。

 
どこに行っても鉄道少年だったらしく、当地の交通公園のような場所に連れていってくれた。
 行政区でロサンゼルス市かは分からないが都市圏近郊。西部開拓が進み鉄道が整備された頃の蒸気機関車だったと思う。日本と違って真っ黒ではなく、大きかった。

 軌道用バイク。日本より遥かに広く無人地帯が続く大陸で、徒歩よりはマシだけどこのバイクで目視確認して回ったとはとても思えない。