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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

 初めて成田空港に行ったのは1981年だったと記憶している。

 スカイライナーを降りると警官?がいて荷物検査があって、バスに乗って、途中検問があってターミナルに着く物々しさが、特別な海外への空港感を出していた。警戒するホントの理由はさておき。

 建物は、当時とても広く閑散としていた印象、暗くなるとガラスに内部が反射して更に広く見えて面白かった。
 2000年前後に利用した時は、たくさんの人で混雑、動線も悪く、あれだけ広々と感じた出国フロアがものすごく狭く感じた。
 帰国の時には1つ前に着陸する機体を斜め下、前方に見ながら、空中で減速!素人にはたまらなく怖くなる瞬間。
 近々改良が始まるらしいから諸問題の解決を期待する、が利用する機会はどれ程あるか…
 親の知合いの見送りだった。出国する人達は羽田から移りとても不便と嘆いていた。特に帰国時、フライト後の移動が段違いに気だるくなったそうだ。


1985年中国にはまだ高速鉄道がなかったし、そこは広大な大陸。中国国内の移動は飛行機だった。運営会社は中国民航だけ、飛行機は旧ソ連製が主力のようだった。

昆明?空港。大人たちはソビエト製のイリューシンは信用出来ないと言っていたが、乗るしかない。それに日本で新聞を見ていれば、ボーイングもダグラスも事故は起こしている。
 写真を見返すとイリューシンではなくツポレフ154だったようだ。当時は上海ですら空港はこんな感じで、タラップを使って乗り降りをした。ボーディングブリッジがあったのは北京だけだったと思う。
桂林?空港。怖い思いをしたのはこのプロペラ機。機材がと言うより小型だったから。よく揺れて、急降下したりジェットコースターのようだった。雲の水蒸気が機内に入り!客室が白く霞んだりもした。同乗のアメリカ人達は、無事に着陸したら拍手喝采、機長を褒め称えていた。

 夕景の香港に着陸する時見た光景は、ビルの建ち並ぶ東京と変わらない都会に見えた。


が翌日、街中を走るとまるで違っていた!雑然とした街、アジアの街だった。欧米の人から見れば東京や大阪の繁華街も同じように映っているのかもしれないが。

 アニメ攻殻機動隊に描写された街を観ると、この時の香港を思い出す。