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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

1987年。何でベルリンを寄ったかは覚えていない。わざわざ空路で向かったのだろうから用事はあったのだろう。

 西ドイツと西ベルリン、鉄のカーテンとベルリンの壁。その違いを学生の頃はよく分かってなかった。

ブランデンブルク門やチェックポイントチャーリー?にも行った。

 東側の係官が〝日本人なら簡単な手続きで入れるから少し見ていけよ〟みたいな事を言ったら、同行のドイツ人が〝帰れなくなっても知らないぞ〟と冗談で返した。国境慣れしていない我々日本人、見える範囲は緩衝地帯で人気は無いし、離れたとこに機関銃を下げた警備員もいるから越えられなかった。

緊張感はなかった。でも2年経たずして〝壁〟が〝崩壊〟し歴史が動くような雰囲気も見て取れなかった。

 地下鉄Sバーンは、パリやロンドンと同じく低く狭く、独特の臭い。東京の方がいいなと思った。しかし、帰国してから乗った銀座線で同じ古臭さを感じてしまった。

 

1987年。赤い車両だからスイスと思い込んでいたが、たぶんボン。西ドイツの首都がボン、なんて話は4月29日が天皇誕生日に近い昔話になったのかもしれない😢

 東京や京都に路面電車が走っていた記憶は当然ない。時代遅れの交通機関だと言われ続けていた。でも欧州に行くと大都市から小さな地方都市まで、結構走っていて驚かされる。大して混んでもないのに、長い編成で頻度も高い。
 日本でも岡山、広島、長崎、熊本、鹿児島、高知に松山と訪れるようになって、路面電車が活躍しているのに感動した。
 今の状況を見通せる政治家がいたら、京都なんて役立ったと思う。都市高速を造っても、駐車場を増設しても渋滞は減ることはない。

 どこに行ったかホントすっかり忘れてしまうものだ。写真を見ても思い出さない。この時はチューリッヒ、ボン、ベルリンで用事があったはず。フランクフルトは空港だけだったと思うが、見返した写真とはどうも合わない。

 フランクフルトかチューリッヒの中央駅。どのホームから列車が出るか、直前まで分からないのは今でも一緒。向こうの人はこの不便さに気づかないのか?気にしないのか?入線直前までホームに人が溢れないのは安全ではある。
 低いホームに標準軌の線路幅、ターミナル駅なのに発着はかなり余裕。この頃、欧州の鉄道は見放された交通機関だったけど、長距離列車は満席に近かった。
 旅行でもなく、言葉が十分に通じない。ハグれないように、それでいて鉄道は気になる。ソワソワ落ち着かない写真ばかり。
 西ドイツ内の地名、パリ北に加えてワルシャワなんかも行先にあった。まだ鉄のカーテンもベルリンの壁も健在だったのに。