1995年、訪れた時は大成町だった。北海道なら明治期の命名でありえそうな地名だと思ったが、戦後の合併地名と後から知った。
1995年 道の駅てっくいランド大成 向かいの海岸
瀬棚の直前だったから〝瀬棚線跡〟関連!とツイ誘い込まれたが、特に関係はなかったようだ。写真撮ったり中を覗いてたりしたら、地元のオッサンが随分前から営業してない〝ラブホ〟だと教えてくれた。嘘かホントかは知らないが、スキンの自販機はあった。
朱鞠内から同行者に嫌な顔されながら深名線に沿って進んだ。この辺りは雨竜川に沿って鉄道も道も敷かれている。北海道スケールでは雨竜川渓谷なのかも知れないが、低い丘陵に挟まれたかなり広い低地を川は見事に蛇行していた。自然が形成した流路、探せば途切れた三日月湖もあったかも知れない。
幌加内まではどの駅周辺もこの程度の規模、5km圏の人が全員毎日乗車しても赤字は避けられないだろう。
1995年 添牛内駅
意外なのは、どの駅も側線、引込線跡が見られる。やはり開拓期の資源採取搬出が主目的な路線だったと分かる。
他人事みたいに言っているが、今やごく近所でも似たような状況になっているから少子化は怖い。