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ちゃたろのブログ

何歳になっても線路や電車を見ると気になる元鉄道少年。1980年代90年代の写真を整理するついでに投稿してみました。

1995年、訪れた時は大成町だった。北海道なら明治期の命名でありえそうな地名だと思ったが、戦後の合併地名と後から知った。

1995年 道の駅てっくいランド大成 向かいの海岸

瀬棚の直前だったから〝瀬棚線跡〟関連!とツイ誘い込まれたが、特に関係はなかったようだ。写真撮ったり中を覗いてたりしたら、地元のオッサンが随分前から営業してない〝ラブホ〟だと教えてくれた。嘘かホントかは知らないが、スキンの自販機はあった。

朱鞠内から同行者に嫌な顔されながら深名線に沿って進んだ。この辺りは雨竜川に沿って鉄道も道も敷かれている。北海道スケールでは雨竜川渓谷なのかも知れないが、低い丘陵に挟まれたかなり広い低地を川は見事に蛇行していた。自然が形成した流路、探せば途切れた三日月湖もあったかも知れない。

1995年 添牛内駅を臨む

 幌加内まではどの駅周辺もこの程度の規模、5km圏の人が全員毎日乗車しても赤字は避けられないだろう。


1995年 添牛内駅

 意外なのは、どの駅も側線、引込線跡が見られる。やはり開拓期の資源採取搬出が主目的な路線だったと分かる。

 冬こそ鉄道の北海道なのに、二学期の始まる9月で廃線になった。確かに数本の営業列車のために除雪するくらいなら、その経費で通学バスでも十分にお釣りが来るだろう。何ならタクシーで自宅まで送迎したって。

 他人事みたいに言っているが、今やごく近所でも似たような状況になっているから少子化は怖い。

 ローカル線でも深名線は盲腸線ではなかったので、乗車や乗り潰しの難易度は低い方だったと思う。

1995年深名線朱鞠内駅

廃線のひと月前、しかも夏休みだったけど、乗車してたのは30人程でガラガラだった。

 朱鞠内駅周辺は集落になっていたけど、観光客が鉄道で来てもどうにもなりそうになかった。