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空(くう)になる

思想とは常に在り続けるものである、だがしかしそれは他に影響を及ぼすものではない、これ即ち己の全てが空(くう)になるという事ではないのだろうか

つまり私の思想はあなたには意味がない

私は音楽の中で最も好きなジャンルがあります。それは公共の場であまりかかる事はない音楽ですが、少なからず最近の世の中では好む方が増えてきている音楽でもあります。
そのジャンルを好きな方がたくさんいるのはとても嬉しい事です、私も周りに話せる相手がいてとても感謝しているくらいです。

でも、もうこれ以上好きにならないで下さい。

どんな事でも同じ事なんですが、人口が増えれば増えるほど様々な思考思想が飛び交い、元あった大切なものが徐々になくなっていってしまうものなのです。どう足掻いても大概はそうなります。だから、私の思う激しく美しき芸術世界を壊さない為にも、どうか興味を持たないで欲しいと心から思ってしまったのです。

そう思った事で気づけたのが、大切にするという事は大きく広めるという事ではなく、それを小さくこじんまり維持させる事なんだという事でした。
私達人間は大きな世界を求めるのが夢や希望として掲げたりしますが、本当は小さな小さな世界の中でしか生きられない事への抵抗、逃避なのかもしれません。

これからの私は平和で安定した、小さな小さな世界を大切にして生きる事にします。
欲を持つ者からすれば全くもってつまらない世界だと思いますが、それでいいのです。
もしかしたら、それが気づいたら大きくなっているかもしれませんしね。

だから私の好きなものを絶対に好きにならないで下さい。
「ここ、女性専用車両ですよ」
年上の女性がそう言った。
私は今さっき間違えて乗ってしまった。
朝早くから驚いてしまったが、一番強く感じ取ったのはその女性の威圧感だった。

先に言っておきますが、何も悪くはありません。ただ違和感を感じてしまった。
確かにこのご時世は奇妙な行動を取る人間が増えてしまった為、様々なシステムを作り抑制しなければならないと思います。
しかしそのほとんどのシステムは意識改善にはならないと私は感じています。
この場合もそう、ただ分離しただけのような状態を作り、女性側に妙な優越感を与える感覚を私は感じ取った気がしたのです。
もちろん安心を目的に導入したシステムなのはわかっています。とても大切な事です。
レディーファーストの精神は私も大切にしていますが、それでも違和感を感じたのはそれが当たり前になってきてしまっているんだろうなぁと私は思います。

当たり前とは常々不思議なもので、人々が作りあげているもののはずなのに、人々の知らぬうちに気づかぬうちに当たり前になっています。
もちろん私の中にも当たり前はたくさんありますし、他の方もそうでしょう。
でもその当たり前は個人的主観的な当たり前であって、他とは全く関係ないものだと私は知った上で、私は自分の当たり前を大切にしてます。

なかなか難しいですよね、他の様々な当たり前があって理解に苦しむ事が私もよくあります。
それを考えた時、ふとあるものとリンクしまして私は「アタリマエンザウィルス」と名づけました。
ウィルスのようにそこらじゅうにそれはあり、かかれば病に苦しむように理解し難い。
何か似たものを感じませんか?
中身の浅い人間の、中身を深く抉ったら
深く傷付くはずなのに、中身の浅さでカバーする
「本当はすごく傷付いている」なんて、ただの言葉で言ってるだけであって
それを考えてる僕達とは、ハナから話が違ったんだ

心の底をどこまで感じられるか、考えた事はありますか
底が見えてしまうのは、きっとフタをしてしまっているだけであって
そのフタは自分自身で創り上げたものに過ぎない
本当は心の底なんて、有りはしないんだ
そのフタを開けてごらん、心はミクロの宇宙なんだって
その宇宙に沢山の星がある人もいれば、何にもない人もいる
そこで希望を感じるか、それとも絶望を感じるか

それで人の運命は決まった