日本人とは、謙虚で礼儀正しく。あいさつするときも腰を折って
お辞儀する。・・・これが、時折見せる傲慢さがあると・・、
戦後の廃墟の中から立ち上がってきた日本人だからこその
優越感がまわりとの劣等感との裏表ではないですか?
相手を超えたとなると、出てくる傲慢さにあるというんですよ。
明治以降の、『脱亜入欧』のスローガンが、日本人の骨の奥深くに
染込んでいるからですかね。中国やアジアの国々を見下す相手と
見ているのかもしれません。
傲慢さが出てくる時ほど嫌われるというんですよね。
日本人には、「忍」という そのものに精神的な価値を認めているんです。
苦難に耐えることは大切なこと。
「心」に「刃」をあてられても、自分を抑えて我慢すること。
こんな精神的な漢字の中には含まれているというんです。
職人の世界、学校の部活、暴走族まで、日本社会は上下関係で結ばれた
【タテ社会】であるということです。日本人にはそんな精神性が色濃く感じる
同じ「忍」という漢字ですけど、中国では、少林寺の修行僧や黒社会ぐらいならともかく、野蛮な日本人という印象に映るんですよ。
あくまで、中国人にとっての、忍とはその成果、成功、出世のための手段だけであり精神的な価値は認めてないということです。
日本人は、ルールを守って行列で並んで待つということが、中国では、
「排隊(パイドイ)」と呼び列を作って待つことですけど、これが中国式と
日本の行列との違いでもあるということです。
中国人の諺に「先発制人、後発制干人(先んずれば人を制す後れをとれば
制せられる。」これって早いもの勝ちですよね。
1950年代、中国では都市部から、従来の土葬に替えて火葬にすることが
提唱されはじめ。先に亡くなった人たちが羨ましく、後から死んだ者は、
火葬にされてしまうというのも「早い者勝ち」というんです。
「争先 恐後(我先にと争う)」という無秩序な光景の考え方が深く根を下ろしているということです。
中国人特有の「早いもの勝ち」精神は、おおらかでノンビリな中国人なかに
あるというんです。
もう一つは「三百六十行」の中にも、見え隠れするというんです。
「頭で働くものは人を支配する」というんです。職業のなかに、はっきりした
上下があり、自分の親の職業を決して口にしないというんです。
職業の貴賤、上下意識が続いているということにも表れるんです。
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貴方は、日本人だから気が付いたことないですか・・?
じつは、言葉のほかにも、ことば少ない日本人の感性にもあるんですよ。
芭蕉文学の中に、『閑寂』の美、「わび・さび」 「しをり」 「ほそみ」の境地に
ついて話しても難しいかもしれません。
じつは、漢詩にも五言律詩、五言絶句、七言律詩、七言律詩なるものが
あるんですけどことば数は俳句より多くて、より具体的に説明的なんですよ。
漢詩が情景や内容を「絵」のように伝えるのに対して、俳句は限られた表現で読者に「絵」を想像させるということなんです。
日本人だから感じることではないですか?
日本人の「茶道」の中の、茶室に招かれたも、静かで薄暗く、苦いお茶を
厳かにたしなむというんですy。
「名園」を見て、見えないものを想像して「みる」という日本人には感性の
違いがあるというんですよ。
日本人は「箸」をつかう・・・使い方にも違いがあるというんです。
日本人は島国育ちが当たり前で、幼少の頃から魚n料理を食べていると
いうことから、焼魚や煮魚にも骨を綺麗に残して食べることをマナーとして
来たことが、アジアの箸文化を持つ国とは、ちょっと違うというんですよ。
日本の伝統的なご飯には魚の干物があったり、焼魚は定番です。
だからこそ手先の器用さ、繊細さの違いが出てくるんです。
海苔を使った料理にも、日本だと、海苔の巻き寿司やおにぎり、磯辺焼きや
海苔の佃煮、などいろいろな食べ方があります。日本の海苔は、製品に
する段階で、砂をおとし、綺麗に並べて干すという工程が繊細な作業で
行なわれるというんですよ。
日本の技術は凄いといいますけど、じつは日本人の器用差と、繊細差、
物づくりへのこだわりに、「巧」の凄さが見えるんですよ。
爪切り一つとっても、赤ちゃん用からお年寄り用、左利きの人用まで
至れり尽くせりだというんですy。日本の良さですよ!!
「知彼知己、百戦不殆「彼を知り己を知れば、百戦あやうからず)」という
孫氏の言葉にあるんですよ。
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いまや、当たり前になっている「反日」ですけど・・・。
何かと政治の道具にされています。
そこを紐解いていきたいと思います。
1、情熱的な革命へのあこがれ・・・?
確かに日本でもありました。私も学生時代に参加したことあります。
一種のイベントですyね。
2、 1980年代の、経済特区による革命解放を進めたことから、
都会暮らしになれ、色々な情報を見聞きするうちに、当初の満足感が
不満になったということです。彼らは、「干広 東人不願 干的活、
合掌広 東人不願 合掌的銭」という不満が溜まってきたことだとも
いいます。出稼ぎの人の不満がストライキに始まり、反日デモに
発展したとか、・・。
3、 日本の教科書の問題でも、靖国参拝問題でも、国連の常任理事国入りも大した関心ごとではないみたいです。一部の人が先導しているように
見えます。本来の目的が勤務先の待遇改善から、勤め先の製品ボイコットにしても、人々の関心を集めて対応を引き出すには大勢で騒ぐのが一番
こんななかのスローガンが、「愛国」、「反日」となるのは政治的ななかの
近道と勘違いしているようです。つまり、中国や韓国自身の課題でもあると
思います。一人の人間としてしっかり考える、自ら判断して行動することが
できないんですかね。それこそが重要なものであり、出発点でもあると思います。「一呼百応」という、一人が叫べば、百人が集まるという思想を考慮
するべきではないですかね。
4、 靖国神社も戦争犯罪者を祀る神社と勘違いしています。
日本では,罪を憎んで 人を憎まず、死んだらすべて仏様であって、生前の
罪は死によって清算され,平等に弔われるのは当然であり、むしろ道徳的
ではないだろうか?悪事を働いた者は、徹底的に懲らしめるという考えの違いなんですよ。
日本に住む我々は、自らの意思にかかわらず「お国のために」戦争に駆り出され、遺骨も戻らぬかもしれない、戦地で死んでいった同胞の、せめてもの魂の帰り着く場所として靖国神社を大切に思う日本人の心情でもあるんです。遺族の気持ちも理解したいと思うものが・・。「さとうきび畑」に歌われたんですよね。
ざわわ ざわわ ざわわ
むかし海の向こうから
いくさがやってきた
わすれられない悲しみが
波のように押しよせる
風よ悲しみの歌を 海に返してほしい
風に涙はかわいても
この悲しみは消えない
こんな一節が、同じ思いを懸命に乗り越えた中国の人々にも考えてほしい
人とは人として、言葉や文化、歴史を超えて理解しあえるという信念から
人として当たり前の感受性、そして理解しあうための努力が必要だと思います。大切なことではないでしょうか?