外国人にとって、日本語でもっとも難解で厄介と感じるのが、
「尊敬語」や「謙譲語」といった敬語の表現だというんです。
ところが、その中でも老若男女、相手を選ばずにほとんどの人が
使うことが出来る言葉に、”無敵の言葉”があるんですよ。
これほど便利な言葉はないと思います。
【カワイイ】なんですよ。「かわいい」、「可愛い」、「kawaii、、」など
色々な表現できますけど・・・じつは中国語にもこれと同じように使われる
「可愛的祖国」という愛すべき祖国という言葉があるんです。
どちらかというと、言葉の中に「幼稚な」というニューアンスを含んでは
いるんですけど、‥ちょっとからかわれ印象も持つけどね。
伝統的な使い方には、未婚の男女の間では、カワイイは、「好意をもっって
いる、」と配綱メッセージみたいですけどね。
既婚者に対して使うと「老不正経」といい、おtなのくせに不真面目ととられます。年下の者が年長者に使えば,礼を失した態度ということにもなるんです。じつは、中国でも「カワイイ」という言葉が、若者言葉として浸透してきた
ちいうんです。「真可愛」「好可愛」、「可愛極了!」みたいな使い方ですよ。
これが「言葉の表現を貧弱にするとか、本来の「可愛」というメッセージの
重みがなくなる。」とまで言われますけどね。日本人はそうゆう意味でも
「先進国」だというんですよ。日本に来て「カワイイ」と「コンニチハ」が出来れば、アメリカで「ハロー」、「アイ、ラブ、ユー」と同じですかね?
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以前に購入した「永遠のミゾ」に、はまりました。
なぜ、こんな溝が出てきているのか?
喧嘩しない方法論をよんでいると、ますます文化の違いに
行きつくというんです。
その一つには、「阿吽の呼吸」では、日本人だと意味わかりますよね。
こんなところが、隣国の人は理解できないというんです。
確かに儒教では教えてないですよね。これはむしろ仏経のものだと
いうからではないかと思うんです。
チームの結束を重視する日本人からみると、失敗した人を名指しする
中国流nやり方は理解しがたいというんです。モチベーションに不可欠と
いう中国人の精神性を理解することが秘訣だというんです。
たしかに「シロクロつける」ことは正解ですけど、チームの和を乱すことには
日本人は理解できないというんです。
ここには、「仁の国」だというんです。これこそが政治運動につながっているというんですよ。「習性」ですかね。相手に直接伝えることこそ誠意だと
中国人の大らかさ、合理性が行動の中に表れているというんです。
中国人の好きな言葉に、「公明正大」、「堂堂正正」がありますけど。
相手の前で直接伝えることは誠意のある行動t受け止められるんです。
逆に本人のいないところで非難や陰口は、人間関係に決定的な亀裂を
もたらす重大な問題だとなるんです。けっして容認されることはないんです。もちろん背景には「ちゃんとやった自分を守りたい」という気持ちもある
個人の失敗をきちんと指弾しないということは、正当な努力も評価されない
ことにも通じるという精神ですよね。
チームでおこなっても「キチンと個人の責任を明らかにするという合理性が
でているんです。
日本人の「武士は食わなど高楊枝」とは、気持ちの上で貸し借りを極端に
嫌うことから出ているコトワザなんですよね。
でもこれが、隣国の人には、「日本人は表面上は親切ですが、内面は信じられないほどケチ」だと、いうんです。これって「小気」といいこせこせしているとか、ケチである、気が小さいと思うそうです。たしかに「大方(気前がいい)」に好きですよね。こうした気持ちの交換から始まらなければ仲良くは
出来ないでしょうね。日本人でも最近は「割り勘」多いですよね。
でも日本人の中には、いつも同じ人が払うのではなく、今回はごちそう様、
次は私が払います。といいますけどね。
人にごちそうすると、金持ちぶっているとかみられる抵抗感があるからですかね?「AA制」という言葉が登場してくるのが1990年代からの外来文化だというんですから違和感があるんでしょうね、
日本人に比べて、ものをはっきり言う中国人といいますけど、意外に曖昧な
表現を使うこともあるんですよね。
「隋便」という言葉を知ってますか。
広州の人達にとっては、「飲茶」は馴染のコミュニケーションの習慣です。
朝の「早茶」、午後の「午茶」、夜の「晩茶」と、いろいろな珍味を使っている
メニューですよね。ここでの問題に、「客隋主便」があるというんです。
時として迷惑なマナーだというんですよ。
もう一つ、中国では陰陽学から、ペアが好きというんです。
例えば地は「陰」で天は「陽」、月は「陰」で日は「陽」、とか、水は「陰」で
火は「陽」などのように、万物は全て「陰」と「陽」の二つの部分から成り立つ
ここから陰陽どちらが欠けても世界は成り立たないということだそうです。
精神的な伝統にも、色々あるんですよ。中国人の理想には「子供は2人」
だということも、政府の「一人っ子政策」のスローガン「只生一個好」とあるんですけど、これも、「好(ハオ))の字にはならないというんです。
「女児」と「児子」が合わさった文字だというんです。半分では意味がない?
物事の中には何事もバランスが大事で、たぶん深くから染込んだものなんでしょうね。何でも、2つが包みにして送るというんです。習慣でしょうね。
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考えてみれば、もう新年むからかえて・・・半月になるというんですよね。
時間がものすごく早く感じます。
そんな中で、新春箱根駅伝の選手の中でも、マラソンに転向する人が
意外に多いんですよね。マラソンといえば、42,195キロという長大な
距離を2時間ちょっとで走るというんですから・・・並みの人間では出来ない
ことですよね。その偉大さには驚かされますけど、人間は慣れした何か?
そんな中から生理学的に考えたことがあるんです。まず30キロほど、走った
ところで、体内に蓄えていた炭水化物のエネルギーをほとんど使い切ると
いうんです、完走後に頬のこけたランナーを見たことないですか?
ランナーはだんだんと、体の各部から脳に送られるシグナルをさらに感じるようになるといいます。観客や楽隊、声援も気にならなくなり、意識までも
体が集中するといいます。
脱水も危険です。ランナーは途中で水分をとり、汗で失わされた体液の
分を元に戻そうとするけど、完全には無理なんです。それは、単純に
水分が消化システムを通って血流に入るまで時間がかかるからだというんです。
問題はレースの後です。体が完全に回復するには数週間はどかかると
言われてます。適度に回復したと思うのも1種間余りですけど、完全に
回復されたとはいえないというんです。ランナーはレースの後に風邪や
感染症にかかることがあるといいますけど、これは免疫システムが
マラソンの数週間後は抑制されるといわれます。かなり過酷なことなんです
私達は家の中でテレビで見ているだけなのにね?
史上最速の車ちえば「F1カー」ですけど、じつはF1理事会である「国際
自動車連盟」は自動車があまり早く走らないように、定期的に制限を
かけているというんです。これには興味深いテクノロジーのほとんどが
禁止されてきているんですよ。
究極のレースカーの理想は、より流線型を強調した車体と、小さな6つの
車輪をつけるというんです、現状の大きな車輪では大きな抗力をうみ、
スピードを落とすというんです。そこで車輪を前輪2つで、後輪4つの動力を
そなえて、車体の底面に逆さまの翼をつけることにより、車体と接地面の間の低圧の空気を生じさせて道路に吸い付くようにするんです。路面とタイヤ間に接地摩擦が増すというんです。さらに反応のイイさすペンションをつけて、クルマの先端を路面にしっかりひきつければスピードがあがるというんです。こうすれば現状のスピードの限界を打ち破ることもありえます。
でもスレが出来ない理由に、運転するドライバーの限界でもあるんです。
もしこれが実現すれば、コーナーで6G以上のおおきな重力がかかると
ドライバーは気を失うというんですよ、人間の限界ですよ。
車の進化ではなく、人自身の進化が必要だと考えているからです。
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辛さにも限界がありますしね。
これはかなり辛いです。