不完全だから、人は魅力的
人は、つい自分の欠点を隠そうとしてしまいます。
「バレたらどうしよう」
「嫌われたらどうしよう」
そんな不安を抱えながら、無理をして”普通”を演じてしまうことがあります。
でも、不思議なことに、その「恐れ」が心を固くし、人との距離をつくってしまうこともあるのではないでしょうか。
私自身、高次脳機能障害になってから、長い間、本当の自分を見せることができませんでした。
健常者だった頃と同じように振る舞い、
「障害があることを知られたくない」
「普通に見られたい」
そんな思いで、毎日ビクビクしながら生きていました。
記憶障害を隠し、苦しさを隠し、自分の弱さを隠す。
その生活は、本当に苦しかったです。
転機が訪れたのは、障害から34年後。
会社で倒れ、「もう命の限界かもしれない」と感じたときでした。
そのとき私は、思い切って障害をオープンにしました。
長年抱えてきた苦しさを、自分の言葉で伝えました。
開き直ったのです。
でも今振り返ると、「開き直る」というのは投げやりになることではありません。
閉じてしまった心を、もう一度開くこと。
本来のまっすぐな自分に戻ることだったのだと思います。
私は完璧ではありません。
失敗もします。
忘れてしまうこともあります。
高次脳機能障害の影響で、健常だった頃より何倍も苦労する毎日です。
それでも、毎日一生懸命生きている自分は、とても愛おしい。
「よく頑張っているね。」
そう自分に声をかけられるようになりました。
他人に認めてもらうことばかりを求めるのではなく、まず自分が自分を認める。
それだけで心はずいぶん軽くなります。
そして不思議なことに、自分を受け入れられるようになると、周りの人の見え方も変わりました。
うまくできない人を見ると、
「大丈夫だよ。」
「何か力になれたらいいな。」
そんな気持ちが自然に湧いてきます。
完璧な人よりも、少し不器用な人のほうが親しみを感じることもあります。
完璧な人には近寄りがたさを感じますが、不完全な人には温かさがあります。
だから私は思うのです。
人は、不完全だからこそ魅力的なのだと。
欠けている部分があるから助け合える。
弱さがあるから優しくなれる。
違いがあるから、お互いを補い合える。
もし神様が人間を完璧につくっていたら、「ありがとう」も「助けて」も生まれなかったのかもしれません。
私は高次脳機能障害になったことで、多くのものを失いました。
でも、その経験があったからこそ、人の痛みに寄り添えるようになりました。
そして、自分自身を愛おしいと思えるようになりました。
不完全なままでいい。
ありのままの自分でいい。
その姿こそが、人を安心させ、人と人をつなぐ、一番の魅力なのだと思います。


