高次脳村



胸が痛い日も、僕の価値は変わらない


最近、注意を受けた。

その瞬間、胸が痛くなった。


ギュッと締めつけられる感じ。

体が一瞬固まる。

頭の奥が冷たくなる。


そしてすぐに湧いてくる。


「また失敗するかもしれない」

「次も忘れてしまうかもしれない」


僕は記憶障害がある。

「気をつけます」と言っても、

本当に忘れてしまう可能性がある。


それが怖い。


信用をなくすかもしれない。

また同じことをしてしまうかもしれない。


恐れで、震える。


でもその奥で、

僕は思っている。


それでも生きていく。


ある意味、強い。



本当は、

あのときかけてほしかった言葉は、


「次、気をつければいいんだよ。」


たったそれだけでいい。


責められるより、

未来を信じてほしい。


でも気づいた。


その言葉、

一番かけてほしかったのは、

もしかしたら自分自身からだったのかもしれない。



脳は、恐れを感じると固まる。


「また失敗するかも」と思うと、

その未来を想像してしまう。


重たい気持ちは、

次の失敗を引き寄せやすくする。


だからこそ、


「次はうまくいくかもしれない」

「また褒められるかもしれない」


と、軽く思ってみる。


思い込みは、力だ。


高校時代、

肩を壊して大会に出られないかもしれなかったとき、

先生は毎日「大丈夫だ」と言い続けた。


最初は信じられなかった。


でもある日、

本当に「大丈夫だ」と思えた瞬間、

奇跡の演技が起きた。


あの体験は、

今とどこかでつながっている気がする。


無駄なことはない。



もし「失敗しても価値は変わらない」と

本気で信じられたらどうなるだろう。


僕はもう、うっすら知っている。


障害を抱えて生きる。

それでも、僕の価値は素晴らしい。


価値は成果じゃない。

価値は存在だ。


忘れても、

間違えても、

怖くても、


存在している。


それだけで100点。



今日できたことを思い出す。


軽い運動をした。

仕事のノルマを終えた。

家の手伝いもした。


胸が痛い日でも、

ちゃんと前に進んでいる。


僕は弱いんじゃない。

恐れながらも進む人だ。


目の前の人が自分の鏡だとしたら、

今回の出来事は、

「もっと自分を信じていい」と

教えてくれているのかもしれない。


胸が痛い日もある。


でもその痛みは、

ちゃんとやりたいという誠実さの証。


だから今日も、自分に言う。


「次、気をつければいいんだよ。」


そしてもう一つ。


「それでも、あなたの価値は変わらない。」


流れるように、

少しずつ、

軽い未来へ。