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「宇宙には上も下もない」――韓国SF映画の子どもの一言に泣いた夜


Netflixで韓国SF映画『スペース・スウィーパーズ』を見ていた。

その中で、子どもがぽつりと言った言葉が、胸にストンと落ちて、しばらく動けなくなった。


画面に出ていた字幕は、こんな感じだった。

•「宇宙には 上も下もないんだって」

•「宇宙の心で見ると 卑しいものなんかない」

•「みんな それぞれが 大切なんだって」


これ、ほんとにそうだな…って。

勝手に「上」「下」を作って、勝手に苦しんでるのって、結局、人間の頭の中なんだよね。


今日はこの言葉を、宇宙的視点で、そして僕らの現実の苦しみに落とし込んで深掘りしてみたい。



宇宙には「順位」も「格付け」も存在しない


宇宙を思い浮かべると分かりやすい。

上ってどこ?下ってどこ?って聞かれても、答えられない。


地球にいると「上下」は重力で決まる。

でも宇宙には、その基準がない。

つまり――


“上とか下”は、環境が作った錯覚なんだと思う。


人間社会も同じで、

学校、会社、世間、SNS…

そこに「評価軸」があるから、僕らは無意識に並べられてしまう。

年収が上

学歴が上

見た目が上

仕事ができる方が上

健常者が上、障害者が下(みたいな空気)


でもそれって、宇宙から見たら、全部“地球ローカルのルール”でしかない。



「卑しいものなんかない」=存在の尊厳は消えない


この言葉が刺さった。

卑しいって、誰が決めるんだろう。


多くの場合、「卑しい」って

**“誰かの物差しで切られた結果”**なんだよね。


たとえば

失敗した人

仕事ができない人

迷惑をかけた人

病気や障害がある人

うまく話せない人

空気が読めない人


世間のジャッジが入った瞬間に、

本人の尊厳が「下」に落ちたように錯覚する。


でも宇宙の心で見ると、こうなる。


「その人の価値は、どこも削れてない」


できる/できない、速い/遅い、強い/弱いは、

ただの“状態”であって、存在の価値とは別物。



「みんなそれぞれが大切」=役割が違うだけ


宇宙って、いろんな星がある。

太陽みたいに燃える星もあれば、冷たい星もある。

大きい星も小さい星もある。


でも、だからといって「小さい星は価値が低い」なんて話にならない。

ただ役割が違うだけ。


人も同じで、

目立つ人

支える人

先に行く人

ゆっくり育つ人

休みながら進む人


それぞれがいて、全体として世界が回ってる。


だから「それぞれが大切」って、

綺麗ごとじゃなくて、構造として本当なんだと思う。



じゃあ、なぜ僕らは「上」「下」に苦しむのか


理由はシンプルで、

人間の脳は、比較で安心しようとするから。


比較すると一瞬、秩序ができる。

「自分はここ」「相手はあそこ」と整理できる。


でもその瞬間、同時に苦しみも生まれる。

上にいる人を見て劣等感

下にいる人を見て優越感(でも不安定)

いつ落ちるか怖い

認められなければ価値がない気がする


つまり「上下」は、安心のための道具だったのに、

逆に不安を増やす装置になってしまう。



宇宙的視点を、日常で使う方法(超実用)


この言葉を、ただ感動で終わらせないで

日常に落とすなら、やり方はシンプル。


① まず「比較の軸」を言語化する


モヤッとしたら

「いま自分は何の軸で上下を作った?」

って聞く。


例)年収?能力?若さ?家族関係?SNSの反応?


軸が見えると、魔法が解ける。


② 「宇宙には上も下もない」を合言葉にする


比較が始まったら、心の中でこれを唱える。


宇宙には上も下もない

これは地球ローカルのルール


一回で戻らなくてもOK。

戻す練習。


③ 「自分を満たす」を最優先に戻す


上下の世界に入ると、

他人の目が主役になる。


宇宙的視点に戻ると、

主役が自分に戻る。

今、何がしたい?

今、何が食べたい?

今、何を減らしたい?

今、何を増やしたい?


この問いは、かなり効く。



まとめ:勝手に「上」「下」を作っていただけだった


子どもの言葉が教えてくれたのは、これ。


世界は最初からフラットだった。

僕らが勝手に段差を作って、そこでつまずいてた。


宇宙の心で見ると、

卑しいものなんてない。

みんな、それぞれが大切。


だから今日からは、

「上下」じゃなくて「違い」として見る。


それだけで、心がちょっと軽くなる。