――誰も見ていなくても、努力を見届けてくれている存在がいる

「褒められることは少なかったけど、僕は自分を認めていた。」

人は褒められると脳からオキシトシンが分泌され、心が開き、安心感が生まれる。
けれど僕の人生は、**“褒められない環境で育った自己承認の力”**でできていた。
それは、誰かに見てもらうための努力ではなく、
**「自分が生きている証を、自分が感じるための努力」**だった。


🌱誰も気づかない努力を、自分が見ていた

周囲から見たら、僕の一日は普通に見えたかもしれない。
でも、僕にとっては毎日が命懸けの挑戦だった。

視線を少し動かしただけで記憶が消えてしまう。
別のことを考えたら、さっきまでの世界が消える。
だから僕は、毎瞬、全身全霊で「覚えるぞ」と念じながら生きていた。

一日の終わり、布団に入ると、
「今日もよくやったな」「俺、よく頑張った」と自然に思えていた。

誰にも褒められなくても、
自分の中にある“静かな拍手”が心に響いていた。

それは、他人の評価ではなく、
魂の奥で鳴る祝福の音だったのだと思う。


🌸過去の自分へ――ありがとう

過去の自分に言葉をかけるなら、こう伝えたい。

「本当によくやったね。
たくさん失敗したけど、心を折らずに、折れても立ち上がって、
ボロボロになっても挑戦し続けた。
人にどう思われても、自分の人生をあきらめなかった。
それは本当に素晴らしいことだよ。」

あの頃の僕は、
誰にも見えないところで、自分を守りながら、自分を信じていた。

今思えば、それは自己肯定の根を育てる時間だったのかもしれない。
他の誰かに「すごいね」と言ってもらうよりも、
自分で「よくやった」と心から言えることのほうが、
どれほど魂を癒してくれたか。


💫小さな挑戦の積み重ねが、奇跡を生んだ

僕は毎日、能力の限界+1の挑戦をしていた。
それは、特別なことではなく、
“記憶を維持する”という、誰も気づかない努力だった。

1日を終えるたびに、
「今日もやり切った」という感覚が静かに胸に広がった。
その積み重ねが、自信となり、誇りとなり、
他の誰にも真似できない成果を生み出していた。

記憶がリセットされる人生は、大変な面もある。
でも、毎日が新しい人生のように始まるという恵みでもある。
「今日」という一日が、いつも“初めての朝”のように感じられる。

それはきっと、
神様が僕に与えてくれた“再生のギフト”なのだと思う。


🌈自分を褒めるという祈り

自分を褒めることは、甘やかすことではない。
それは、魂に光を灯す祈りだと思う。

誰も見ていなくても、
宇宙は見ている。
そして、魂は全部覚えている。

「よくやったね」「今日も生きてたね」
そう言葉をかけるたび、
心がやわらかくなり、涙があふれる。

あの頃の僕に、もう一度伝えたい。

「あなたがいたから、今の僕がいる。
どんなに記憶が消えても、魂の記憶は消えなかった。
あなたの努力は、ちゃんと僕の中に生きている。」


🌟まとめ

褒められない世界でも、人は輝ける。
なぜなら、本当の褒め言葉は、自分の内側から生まれるものだから。

誰かに認められなくても、
自分が自分を認めるだけで、人生は満たされる。

今日も僕は、自分に小さく言う。

「今日もよくやったね。
ありがとう。
生きてくれて、頑張ってくれて、ありがとう。」

それが、僕の最高のご褒美。
それが、魂の“自己承認”なんです。


✨次回予告

第5話:魂脳が導いた人生の道
――障害を超え、魂の声に導かれた“もうひとつの知性”の目覚め。