【タイトル】

矛盾を抱えて、それでも生きる
―オ・スアと僕、高次脳機能障害の人生に重なる風景―


「強く見える人ほど、
 本当は、とても繊細だと思うんです」

梨泰院クラスの中で、
オ・スアという女性の生き方は、どこか遠くて、でも妙に身近だった。

プライドが高くて、でも心は揺れていて。
自分を責めながらも、誰かを愛しつづけていて。
正しさと弱さのあいだで、ずっと葛藤していた彼女。

そんなスアの姿に、
僕は**“自分の姿の断片”**を見る気がしました。


【1章】「自分の弱さを誰にも見せられない」時間

スアは、貧しい家庭に育ち、
“自分の力で生き抜く”ことを選んだ。

誰にも頼らず、感情を抑え、
ずっと「強くなければ生きていけない」世界を歩いていた。

僕もまた、
高次脳機能障害という「見えないハンディ」を抱えながら、
“何でもないふり”をして生きてきた。

忘れてしまうことも、うまく言葉が出ないことも、
まわりに知られたくなくて。
「できる人」として扱われたかった。
「できない僕」を、見せたくなかった。

スアが張りつめた仮面のまま愛し続けていたように、
僕もまた、“普通であろうとする仮面”のまま、誰かを支えようとしていた。


【2章】本当の気持ちを言えないもどかしさ

スアは、セロイを深く愛していた。
でも、素直に「助けて」とも、「一緒にいたい」とも言えなかった。

それは、
自分に甘くなることが怖かったから。

僕もそうだった。

「障害があるから、できない」と言ってしまったら、
努力をやめてしまいそうで。
「つらい」と言ってしまったら、
もう立ち上がれない気がしていた。

だから、言わなかった。
「できる」と言い続けた。

それは強さでもあったけど、
同時に、孤独という名の深いトンネルを長く歩く選択でもあった。


【3章】「愛される資格がない」と思ってしまう心

スアは、自分を責めていた。
「彼を裏切った」と。
「それでも好きでいる自分が卑怯だ」と。

僕もまた、
「記憶が続かない自分」
「言いたいことが言えない自分」
そんな自分に、どこかで**“愛される資格がない”**と思っていた。

でもそれはただ、
誰かを深く想っている証拠であり、
自分に誠実でいようとしていた結果だった。

スアの切なさの根っこは、
僕の心の奥の静かな痛みと、
とてもよく似ていた。


【4章】選ばれなかった愛、でも本物の愛

セロイがイソを選んだあとも、
スアは誰のせいにもせず、静かにその現実を受け入れていった。

それはきっと、
“愛する”ということのいちばん美しいかたちだったと思う。

僕も、人生の中で、
伝えられなかった想い、報われなかった想いを抱えたことがある。

でも、それでも、
「好きでいさせてくれてありがとう」と思えた。

選ばれなくても、ちゃんと愛していた。
その事実だけで、心は少し、救われた。

スアのその姿が、
僕の心の奥に「それでもいいんだよ」と語りかけてくれているようだった。


【5章】矛盾したままで、私は私を生きている

スアの魅力は、
完璧じゃないところにあった。

自分を責めることも、正しい選択ができないことも、
人を愛しながら、同時に距離を取ってしまうことも。

それでも、
「私は、私として生きてる」
その凛とした姿が、どこまでも尊かった。

僕もきっと、
矛盾したまま、葛藤したまま、
「このままではダメかもしれない」と思いながら、
でも、それでも生きている。

そして、そんな自分を
少しずつ愛していこうと思えるようになった。


【結び】

スアのように、不器用な強さで、今日を生きる

オ・スアという人は、
正しい人ではなかった。
強い人でもなかった。

でも、
とても**「人間らしい魂」**だった。

僕も、スアのように、
ときに迷い、ときに矛盾しながら、
それでも誰かを想って、
誰かのために、自分のために生きてきた。

だから今、
スアの視点に、自分を重ねながらこう思う。

「それでも生きてる私たちは、もう、それだけで強い」


どんなに矛盾していても、
誰にも言えない想いがあっても、
あなたの中にある愛は、本物だ。

そしてそれは、
“本物の人生”を生きている証拠。