黄昏オヤジの暴発日記 -17ページ目

黄昏オヤジの暴発日記

退職後の第二の人生を手探りで進むオヤジのモデルガン+独り言。黄昏に染まりながら気まぐれに発火しつつ、この世の由無し事に毒を吐く(令和4年5月20日・タイトル一部修正)

 本日早朝の気温は0.6度!寒っ‼しかし天気は良い。雲一つ無い快晴。冷たい空気に頬は寒いが気分は爽快で元気に歩いた今朝の歩数は12,340歩。明日も良い天気でありますように!

 

〈差別大国フィンランド〉

 フィンランド人のアジア人を差別(蔑む)するポーズである「目を吊り上げる」差別表現が大きな話題となっている。

 事件の経緯:ウィキペディアからの抜粋

 2025年にはミス・フィンランド(英語版)だったサラ・ザフチェが東アジア人差別であるつり目のポーズをとった自身の写真を「中国人と一緒に食べる」という説明文と共にSNSに投稿し、ミス・フィンランド機構は彼女からミスの称号を剥奪した。その後、反移民政策を掲げ、連立政権に参加しているフィン人党の国会議員ユホ・エーロラ(英語版)とカイサ・ガレデウ(フィンランド語版)、欧州議会議員セバスティアン・ティンキュネン(フィンランド語版)がザフチェを擁護するために同様のつり目のポーズをとった自身の写真をSNSに投稿し、東アジア諸国を始めとするインターネット上で大きな問題となった。アンデルス・アドラークロイツ(英語版)教育相は「無責任で、幼稚で、愚かだ。明らかに人びとを不快にさせるものだ」と批判し[75]、12月17日には駐日フィンランド大使館のX公式アカウントにおいて、ペッテリ・オルポ首相による、「侮辱的な投稿」に対するお詫びのメッセージが投稿された。

 フィンランドと言えば、北欧の先進国として好意的なイメージでとらえられてきたがここで一気に化けの皮がはがれ始めた。

 ↓はフィンランドに10年間在住した方のユーチューブ動画で語られている内容(一部を書き起こしたもの)。ちなみにこれは今回の騒動前、11か月も前にアップされていたものであり、そういった意味で真実に近いのだろう。

 曰く

 EU内でワースト1位、2018年EU内12か国の少数派、アフリカ系移民を中心に意識調査した結果、フィンランドに住む移民らでは、過去5年間のうち14%が差別を理由とした暴力を受けた、63%が差別的行為嫌がらせを受けた、半数が警察による職務質問を受けた、黒人の子供を持つ45%の親が小学校で人種差別を経験した、総じてEU内の平均よりもはるかに高い割合で仕事や住居を見つける際に差別を経験したという内容となった。

 フィンランドは平等の国というのはただの幻想にすぎない。

 実際に在住した方からは、すれ違いざまに差別用語を浴びせられるのは日常茶飯事、人種差別的脅迫や攻撃てんこ盛りでEU内断トツワースト1位の実力どおりとのこと。

 見た目だけでなく名前でも差別される。フィンランド人の名前には一定のパターンがあり、それがために外国人の名前はすぐわかる。なのでアパートの入居申込書など外国人だとわかるとそれだけで審査から落とされる。就職も同様、履歴書審査で落とされ面接さえしてもらえないとか。日本人でも同じだが、日本食レストラン経営しているというと通ったという。

 2016年ごろフィンランドの社会学者が2016年ごろ社会実験として、フィンランド、イギリス、ロシア、イラク、ソマリアの各名前で履歴書(違いは名前だけで職歴等はすべて同じというもの)を各々1000人分計5000人分作成し、求人センターに送付。その結果面接まで行きついたのは各1000人中フィンランド390人、イギリス269人、ロシア222人、イラク134人、ソマリア99人と見事にフィンランド社会の差別傾向が明白になった。

 アジア系への差別も深刻。日本人女性と結婚したフィンランド人男性に対し「嫁をどこで買ってきた。いくらだった」と平気で質問するらしい。

 ベリーピッカー問題というものもある。夏の時期カンボジアやミャンマーから観光名目で人を呼びブルーベリーを積ませるらしいがこれが1日14時間労働で寝泊まりはコンテナ、体調崩せば給料も払わないという奴隷並みの扱い等々。

 差別の背景には増大する移民(特にアフリカ系)に対する社会的不満もあるようだ。しかしそうはいってもそもそもフィンランド人は自分たちは差別していないと思っているらしい。こんな素晴らしい世界一幸せな国に来れて良かったね、と思っているらしいというから頭おかしい。

頭おかしい連中↓

かの国の国会議員たち

 フィンランド大統領の謝罪文書といわれるもの

 どこにも「目を吊り上げる行為がアジア人に対する差別行為でありそれを謝罪する」とは書いていない。ただ適当にごまかしているだけ。これで人権大国とはヘソが茶を沸かす。

黒歴史

 以下は2019年ヘルシンキ大学に在籍されていた日本人教授が記載した記事

 フィンランドの国営放送Yleのホームページには、「1930年代のフィンランドで、あなたは強制断種されただろうか」というクイズが載っている。
 6つ質問があって、最初の質問は性別。「女性、男性、その他」が並んでいる。
 女性を選んでみた。答えは「女性は、男性よりも頻繁に強制断種された」である。また、「その他の性別として生きることは不道徳であり、強制断種されただろう」とある。

 続いて質問2は「あなたは30歳以上で、仕事がなく教育も受けていない」である。

 「はい」にしてみた。答えは「低脳という理由で、強制断種された可能性がある」。当時は、「低脳」「精神薄弱」などの言葉が使われていた。

 質問3「前科がある」。

 「はい」にしてみた。答えは「刑務所に入れられたことがある場合、特に女性は、出所前に強制断種に同意しなければならなかったかもしれない」
 質問4「遺伝病を持っている」

 「はい」にしてみた。すると「分裂病、双極性障害、または遺伝すると証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む人は、強制断種されたかもしれない」とある。
 質問5「あなたはスウェーデン語系フィンランド人である」

 フィンランドには、スウェーデン語を母語とする人とフィンランド語を母語とする人がいて、前者は少数派、現在は人口の約5%である。

 「はい」にした。「スウェーデン語系フィンランド人は、強制断種はされなかった。逆に、優生学的に良いとみなされ、様々な証明書や賞をもらって、子孫を残すよう奨励された」
 質問6は「フィンランドを治めるのは神か、大統領か」である。

 この質問は当時、実際に知能テストで使われていたという。神という答えは誤りで、そう答えると低脳とされ、強制断種をされたかもしれないと書かれている。

 神が国を治めているという考えは、1900年代初頭まではあっただろう。しかし、フィンランドは1919年に大統領制になったので、正しく答えなければならなかったのだ。
 知能テストでは、14歳のレベルが境界線だった。知能がそれ以下と見なされると、強制断種の対象にされる可能性があった。

 ただし、知能テストが聞く質問は、学校で教えられていた知識である。当時は、学校には通わなかった人、通えなかった人もいた。
 未婚の母も問題視されていた。
 フィンランドで、断種委員会が作られたのは1926年。断種法の制定は、1935年である。

 断種法は次のように述べる。「低脳、精神薄弱、精神病を持つ者には、子孫への遺伝が懸念される場合、または自分の子どもの養育が不可能と思われる場合は、子孫を残せないよう命令を下すことができる」
 さらに「法律が適用されるのは、14歳以下の知能しかない低脳、分裂病、双極性障害、または遺伝が証明された他の精神病を継続的、または断続的に病む者である。また、性犯罪者と不自然な性的指向の者にも適用される」
 「不自然な性的指向の者」は、今で言うLGBT(セクシャルマイノリティ)を指す。この法律には、解釈の余地が多分にあり、恣意的に使われることもあった。
 実際に強制不妊手術をされたのは、障がい者、精神病患者、てんかん症、ろう者、性犯罪者、貧民、未婚の母、ジプシーなど多様な人たちである。フィンランドでは、他の北欧諸国に比べると先住民であるサーミの強制断種は少なく、数人にとどまったという。
 未婚の母も問題視されていた。
 ある19歳の女性について、1949年に書かれた診断書には、学習障害、退学、未成年で2度出産、仕事能力の欠如が挙げられていた。最初の妊娠は、16歳の時である。未婚の母は、道徳的に問題である上、仕事を得られなくなるため、公的な経済援助が必要になる。それが厭われた。妊娠中の場合は、人工妊娠中絶されることもあった。

 強制不妊手術には、財政的な側面と優生学的な側面があった。一つは、出現しつつあった福祉国家での所得の再分配の問題。もう一つは、「悪い」遺伝子を除去しようとする思想である。

 フィンランドで婚姻法が制定されたのは、1929年。断種法とほぼ同時期である。婚姻法第11条は「精神病を持つ者、または低脳は結婚してはならない」としている。
 続いて第12条は、「外的理由に依らないてんかん症を持つ者、感染度の高い性病を持つ者は、共和国大統領の許可なく、結婚してはならない。ろう者同士の結婚は、許可なく認められない」である。結婚も優生学的な問題だった。大統領の許可まで必要な結婚もあったのだ。
 フィンランドでは、1935年の断種法制定以前にも強制不妊は行われていて、最初のケースは1912年、親のない子ども等を育てる養育院で行われた。養育院での強制不妊手術の場合は、少女よりも少年が多かった。

 1950年になると断種法が改定され、手続きが簡素化、効率化された。1935年の法律では、医者の許可が必要だったが、50年の改正法では医者の診断書で手術ができるようになった。それによって、犯罪や非社会的な生活習慣など、社会的な理由による手術が増え何倍にもふくれ上った。
 断種法が廃止されたのは、1970年である。それまで、強制不妊手術は続けられていて、総計54,128人が手術された。その内、90%は女性。医学的理由が43,063人、優生学的理由が7,530人、社会的理由が3,373人、その他の理由が162人である等々

 

何度も言うがこれで人権大国?

冗談も休み休み言ってくれ

拭い難き差別思想の国

それがフィンランド