黄昏オヤジの暴発日記

黄昏オヤジの暴発日記

退職後の第二の人生を手探りで進むオヤジのモデルガン+独り言。黄昏に染まりながら気まぐれに発火しつつ、この世の由無し事に毒を吐く(令和4年5月20日・タイトル一部修正)

*閲覧注意

そこそこトラウマ級画像あり

 

 

 しばらく雨模様の日が続いたが今日は空模様に心配はない。東の空がうっすらと明るさを帯びる中、家を出る。8月最後の日。特別なことではないが、一方通行の区切りをまた一つ越えた歩数は10,572歩。明日からは秋を楽しもう。

 

 ネパールと中国国境の土石流による大被害

 地上波の報道でも頻繁に取り上げるようになった。だが、「万人向け」のオブラートにくるんだような内容で生々しさがあまり伝わらない。不謹慎で不道徳なオヤジ向けには「蛮人向け」で願いたいところだ。その点ネットの動画には加工がない。そんな中には闇を見せてくれるものもある。

(以下、重ねて閲覧注意)

 昨日ネットで見つけたのだが、今日になるとなかなか見つけることができなかった。おそらく検閲がかかったではないかと思う。それでもあれこれ探して再発見した。

 端的に言うと、観光客と思われる土石流被害者(女性)の遺体から住民がピアスを奪っているところを撮影したもの。この映像がもととなり実行犯の二人は逮捕されている。それ以外にも複数の遺体から奪ったに違いない多数の装飾品を自慢げに見せる住民もいた。おそらくこのような事例はほかにもいくつかあるのだろう。

 翻って、東日本大震災の際、津波による被害者から金品を奪う住民がいたという話は聞いたことがない。贔屓目かもしれないが、日本人はそのようなことはしない(できない)だろう。

 ただ一方で、岸に流れ着いた泥だらけの遺体を鳥がついばむ映像があった。私たちから見れば鳥の行為はおぞましく不快だが摂理であり非難はできない。ならば今回の事例、民度の低いネパール人の所業とだけ片付けるのか。喉につかえて割り切れない。

 紙幣らしきものを拾い上げようとする住民

その手の先には白人女性の遺体が横たわる

左手で遺体の髪をつかみ右手を伸ばす住人

耳からピアスを引きちぎっているところ

これは別の画像

遺体から金品を奪った品を自慢する住人

これがそれ

種類からして複数の遺体から奪ったことがうかがえる

 大きな悲劇の中には、人に知られないおぞましい事実も含まれている

 

 

 沖縄・辺野古沖での共産系左翼親中団体

「ヘリ基地反対協議会」による女子高生死亡事故

 このキチガイ左翼集団「ヘリ基地反対協議会」同志社国際高校の暴挙により死に至らしめられた女子高校生のご遺族が、当該女子高生が乗船していた抗議船の船長である共産党党員である諸喜田タケル含む「ヘリ基地反対協議会」の責任者と甚だしく無責任な修学旅行を計画した同志社国際高校校長や責任を放棄した引率教員等を訴えた。

 9月に沖縄知事選があり、「ヘリ基地反対協議会」から支援を受ける現恥事タマキんでロリンの動向も含め、注目を浴びている。ただしオールドメディアは親中左翼だからほぼ報道しないようにしている。

 

 まあそれはおいておこう。

 お知らせしたいのは、当日の引率教員だか何だか知らないが、この同志社国際高校の引率教員の一人が自殺したのではないかとうわさされていること。

 

事故を伝える産経新聞ネットニュース

「近畿日本鉄道によると、23日午前9時半ごろ、京都府京田辺市の京都線新田辺-興戸間の踏切で、奈良発国際会館行きの急行が人と接触した。乗客約130人にけがはなかった。この事故で上下計66本が運休、計9が最大1時間27分遅れ、約1万5000人に影響した。」

 この後の25日には、ネットニュースで警察関係者から被害者は「同志社国際高校関係者」との説明があったが具体的な個人名までは明らかにされなかったという報道がなされた。

 今月23日(日曜)、京都府京田辺市内で踏切事故が発生、電車に轢かれて50代男性が轢死。死亡した男性は同志社国際高のベテラン教諭であることが濃厚となった。

 そして、先日30日の夜には、3回目の辺野古転覆事故に関する保護者説明会が行われた。その際、参加した保護者からの情報(「X」での書き込み)では学校側から死亡したのは「永田先生」という説明があったという。

 なお、31日の読売のネットニュースでは、「学校側は、研修旅行に関わっていた別の教員1人が23日に事故で亡くなっていたことも明らかにした。学校側は「学校法人や学校としては生徒や保護者だけでなく、教員の心のケアについても努めていく」と説明したという。(これを受け一部訂正しました)

 

 以下、様々な情報を整理すると

 同志社国際高校により開催された第三者委員会の報告書には「A7」として示される教師がいる。(上記の読売報道より「永田先生」と同一人物かは不明)

 当該報告書によれば、辺野古沖の研修旅行に同行した引率教員2人(男女各1名)は、転覆した船には同乗していない。A7教諭は、「もう一人の女性教員が乗船できない場合は自分が代わりに乗るつもりだった」という趣旨の説明をしていたとされているが、口先だけで実際には誰も乗船していない。(女性教員は海が荒れてて船酔いするのが嫌だから乗らなかったといわれる)。

 生徒たちは引率教員のいないまま、「平和学習」の名のもとに諸喜田タケルと死んだ金井が操縦する古びた抗議船に乗せられて挙句に転覆。全員が荒波の海に海に放り出され、一人の女子高生が溺死したほか、残る生徒たちもそれぞれに大きな傷を負った。

 2人の引率教員は、生徒たちだけを乗せて荒波の海に出航する船を港から見送っただけ。

 そして事故が起こり海上保安庁の船に救助された生徒たちが港に戻ってきても遠くから見ているだけ(はっきりと動画が残っている)。しかも女子生徒がいないことにも全く気が付かなかった。気が付いたのは生徒たち。彼らの言葉に保安庁の職員が捜索に戻り、女子高生の遺体を発見した。

 以下、港を撮影する防犯カメラの画像を入手した産経新聞の報道から(一部略)

 映像には、引率教諭とみられる人物が生徒らの安否確認を直接行った形跡はなく、同志社国際高校の安全管理体制が改めて問われそうだ。

 生徒は先発組の18人と後発組の19人の2グループに分かれていた。

 先発組を引率しながら抗議船に同乗しなかった女性教師は、「浜テント」と呼ばれる抗議者の活動拠点付近で待機していたという。

 後発組を引率したA7とみられる人物は、救助された生徒らが辺野古漁港に到着した後の午前11時10分ごろ映像に現れる。ただ、遠巻きに様子を眺めているだけで、生徒に駆け寄る様子もみられなかった。 

 現場に駆け付けた海上保安官は、午前10時24分から38分までに計20人を救助。

 平和丸の船体の下で武石知華さんが発見されたのは10時46分ごろで、地元消防の水難隊員が知華さんを引き上げたのは11時15分ごろだった。 

 11時24分、知華さんを乗せたとみられる警備艇が写る。その後、救急車で搬送されたが、このとき、先発組の女性教師とみられる人物が初めて映像に現れ、救急車に乗り込む様子が写っていた。

 救助された生徒の一人は「応急処置を受けたときに、海上保安庁の方に『足りない人がいないか』と聞かれたので、生徒で集まって人数確認をした」と振り返る。そして「乗船者のグループ分けの名簿が見当たらず、人数確認に時間がかかった」「誰かは分からないが、1人足りないことに気づき、その旨を伝えたところ、何隻かの船(警備艇)が出航し、捜索が本格化した」と証言しているという。

参加人員の把握がしっかりしていれば、

捜索・救助が速やかに行われて、

女子生徒が助かった可能性は否定できない

 この後、事故が起こってからも学校関係者は誰も遺族に直接謝罪していない。

女子高生が乗船していた船の操縦者、諸喜田

事故当日の夜、スナックで飲んだくれる

なぜ荒れた海に出航したと問われると

「もう一隻の抗議船の船長の金井(溺死)に聞け」と死人に責任を擦り付ける

もう一隻の転覆した抗議船の船長の金井

女子高生を道連れにして死ぬ

 

死ぬなら一人で死ね

人に迷惑かけるな

電車を止めるな

 

 

このようなことで女子高生のご遺族が訴訟を諦めませんように

ご負担に思われませんように

心を痛められませんように

 

そう願わずにはいられません