それから三年経ち。
ある日ヨンが後方にある天幕に向かうとチャンビンが荷作りを始めていた。
昨夜再び来た補充部隊の中に王宮からの書簡を持って来た者がいて、その内容はヨンやチャンビンを含め一部隊の帰還を命ずるものだった。
「断わる」
ヨンは即座に拒否をした。
だが、チャンビンは冷めた眼差しを彼に向け手元の未開封の書簡を差し出して来る。
「チェ尚宮様からも来ております」
「・・・ハァ」
この数年で知ったのはこのチャンビンという男、どうやら最前線の様子を王宮にいる叔母に知らせているらしい。
「チェ尚宮様から頼まれています故」
何時ものごとく静かに言われ、叔母の命ならヨンが兎や角言う権利は無いとそれ以上は問わなかった。
――いやそもそもこの男、何人から頼まれ事を受けているんだ?
「しかも、女人ばかり」
――女人に弱いとは・・・医員としてどうなんだろうな?
しかし、チェ尚宮の書簡に目を通しヨンは声を上げていた。
「何故俺が迎えに行かなければならない?!」
元から開京に書簡が来ていたのを覚えており何時か動きがあると思っていたが、まさか今の王が廃位になり新しい王が来るとは・・・。
鴨緑江を見張っていたヨン達だったが、違う場所から倭寇が国内に攻め入った事で宮殿内も騒然となったと聞いていた。おそらくそれを聞きつけた元が危ぶんだ策だとも理解している。
しかも・・・。
七年間最前線にいたヨンの功績が既に開京では有名になっている事をこの書簡で初めて知り、何て事だとヨンは髪を掻き毟った。
ずっとあの世に近い戦場にいても良い、“もう少しでメヒの元に行ける”と何度師匠の形見の鬼剣に誓ったか。
・・・しかし。
何故か危機的状況になると、必ずと言って良い程に近くにチャンビンがいる。
何とこの男も内功を使う事が出来た。
ただ、
「私は防衛の為に修得したにすぎません。治療以外で使うつもりはない」
覚えた内功は医員として役立てるのだと言い張るチャンビンに呆れてしまったが、自分がいる限りどうでもいいと放っておいた。
それでも、ヨンが怪我をしたり体力消耗すると治療や練気する場を提供するなど手際いいのはヨンとしてはありがたかった。
ふと、ヨンは天幕を出る為の足を止める。
「・・・その内功も関係あるのか?」
「偶然です」
チッ。
――やはり、三年前からコイツは何かを隠している。
助ける為にいたのか、自分を監視する為か?
帰れば役目を外して貰い、平民として生きるのだ。
王宮に戻るこの男ともう関わる事もない。
前の王は“慶昌君”という幼い王だった。
親元派の重臣に囲まれ何時も寂しく玉座に座っていたという。
チェ尚宮の書簡には直ぐ元から次の王が来る為、その場から自分の部隊を連れ迎えに行けとの事だった。
「・・・チャンビン先生も一緒にとはな」
「・・・新しい王の脈診だけでもしませんと」
新しく最前線に来た部隊に任せ今までいた者達は故郷へと戻って行く。
ヨン達軍隊と医員としてチャンビンは次の王が来るという船を待つ為に何時もは握っている武器を下ろし、見慣れた光景の鴨緑江を眺めていた――。
新しい王は“江陵大君”と呼ばれ齢二十歳になる青年だった。
確かに前の王はまだ子供だった。
少しは重臣達と張り合えるだろうか?
しかし、共に来たチョイルシンが、
「何だ、この荒れた道は?そして迎えがこんなに少ないとは・・・王様!我々を見下しておるのです!」
「静かにせよ」
王様が制し漸く黙るが不満は消してはおらずヨンとチャンビンを険しい眼差しで睨んでいる。
そんな家来を無視し、新しい王は共に来た后に目もくれず紙に水墨画を描いていた。
「・・・またか」
「隊長・・・」
ヨンが辟易した声を出すが、直ぐ様チャンビンが窘めるしかなかった。
天候も悪く雨も降り泥濘む道に中々馬車が進まない。
開京まであと二山という場所で漸く皆が泊まれる宿屋を探し、一階は飯屋だったがヨン達軍隊が入って来ると中にいた数人の客は慌てて外へと出て行った。
「店主、二階を借りるぞ!」
「は、はい!」
まだ泊まり客はいなかった為、店主は頷くとヨン達を二階へと招いたのだった――。
「どうやら歓迎はされていないらしいな」
ヨンがそう呟き、壁に張り付き気配を消した軍隊に目を向けると。
「上」
その一言で軍隊達は剣や槍を構えながら窓を開け、柱を軽やかに登って行った。
宿屋に泊まった深夜の事、ヨン達軍隊と王様達は奇襲を受け、刺客は特殊部隊なのか屋根を登り王様がいる二階から攻めて来たが、ヨン達軍隊が素早く返り討ちにする事が出来た。
しかし。
「尋問する為に捕らえた奴が自害を・・・」
「ばかやろう!目を離すなと言ったろうが!」
「すみません!」
舌打ちをしたヨンは二階の一室に避難させた王様達の元に行くと、部屋の前にはチャンビンが自分の鉄扇を畳んだところだった。
廊下には一人の刺客が倒れている。
「息は?」
「僅かに」
「治療してくれ」
「はい?」
「尋問の為の男が自害した。奇襲の際、化骨散を使ったのだ」
“化骨散”とは軍で使われるものだが配合物が特殊で、下の者が手軽に入手出来る訳では無い。
典医寺にいるチャンビンは毒の名前で直ぐに理解した。
「全く・・・」
チャンビンはズルズルと意識を失った敵の身体を違う部屋へと引き摺って行く。
ヨンが扉に手を掛けると、中からまたあのチョイルシンの喚く声が聞こえてきた。
「・・・あの方を先に黙らせようか?」
ため息を吐きながら中へと入った――。
三日掛けヨン達は無事開京に着いた。
新しい王と后は着くまで殆ど話す事は無かった。
后の世話は元から共に来た女官がしていた為、ヨン達が気遣う必要も無く何時の間にか服も正装に変わっている。
宮殿に着くと微かに違和感はあったが、ヨン達はそのまま宣仁殿に向かうとそこにはヨンとしても懐かしい者達が迎えていた。
「・・・私を覚えておりますか?」
一歩進んで声を発して来たのはヨンの叔母であるチェ尚宮だったが、それは当然ヨンに向けた訳で無く新しい王にだった。
「・・・チェ尚宮か?」
「そうでございます!」
王が幼い頃お世話していたチェ尚宮は瞳を潤ませ、懐かしい思い出話を王に聞かせ今まで固い表情だった王も漸く柔らかい笑みを浮かべていた。
ヨンはチラリとその様子を見て、直ぐに足を動かした。
何故なら宣仁殿に入った筈のチャンビンが何時の間にか消えていたのだ。
――やはり、何かある。
急いで典医寺に向かう廊下に行くと、チャンビンの後ろ姿が見えた。
「チャン先生」
「・・・何でしょうか?」
「依頼人は何処にいる?」
許嫁だとしたら王宮の外かもしれない。
怪しくないのなら、話位はしても大丈夫だろう。
しかし。
「“典医寺”にいますが」
「・・・・・何故いる?」
――女官だったのか?
無意識にヨンは伺う眼差しでチャンビンを見てしまう。
まさか医員が女官に手を出すとは・・・。
ヨンの眼差しの意味をわかったチャンビンは渋い顔になり、
「おかしな事を考えないで下さい。あの方は、同じ医員です」
「はあ?」
ありえない。
女人が医員にはなれない。
「・・・私とチェ尚宮様が世話する事であの方の面倒を見ていました」
「・・・いや、だから。・・・あぁ、後に夫婦になるのだったな?」
確か帰ったら婚儀を挙げると言っていた。
いや、そうでは無い、その者は一体?
しかし、そう言うとよりチャンビンの機嫌は悪くなっていく。
「・・・どうでしょうか」
「?」
「お会いになりますか?」
「当たり前だ」
「そうですか」
顔を背けチャンビンは再び典医寺に向かって歩き出した。
どうやらこの男が戦場に来たのは自分に関する事で、その人間が向かわせた事でもあった。
典医寺に近付くとヨンはおかしな空気に足を止めた。
・・・・・?、気のせいか?
作業場を通り過ぎ、二人は薬草を植えている場所に行こうとしたが。
「あ、チャン先生!」
聞いた事も無い軽やかな声に思わずヨンはビクリと肩を跳ねさせてしまう。
二人が向かう場所では無く、蒸し場から聞こえた声にチャンビンとヨンはゆっくりと顔を向けると――。
「良かった、無事だったのね!
・・・え?もしかして貴方が“チェヨン”?!」
医員と同じ白衣姿の女人が水桶を持ったまま立っている。
だが、思わずヨンは凝視した。
――高麗人・・・か?
柔らかそうな赤茶色の長い髪を一纏めにし、筋肉など無い様な細い腕で水桶を握りしめ大きな瞳でヨンを見つめている。
「・・・・・」
黙ってしまったヨンにその女人はにこりと口に笑みを作り、再び良かったと言う。
「“チェヨン”さんが生きてて、本当に良かったわ!!」
チェヨン。
生きてて嬉しい。
言われた事も無い言葉に、
ヨンは何も考えられず、
ひたすらその女人を見つめた――。
【後】②に続く
△△△△△△△△
ごめん、終わらんかった〜😭
②に続くのです。
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