永久機関と君と⑤
ガリガリと長い髪を掻きむしりチャンビンは先程からパソコンモニターを睨んでいた。
「これ以上強化しろって?依頼者はこっちの容量知って言ってんのか?」
セキュリティ会社のコンピュータは大企業なみの膨大な量を管理出来る。だが、他会社とも契約をしておりチェ製薬会社のみだけとはいかない。
いよいよ持ち運び用ノートパソコンのストレージも資料とアップデートし過ぎでオーバー間近になっている。
「これでも最新機種なんだけどね」
“請求額が上がりますよ?”
と連絡したが、
“幾らでも構わない”
との事。
「はぁ、そうですか・・・」
・・・凄すぎて声も出ない。
急いで会社に帰って一度USBに移さなくては。
連絡を確認する為に入ったカフェを出ようとしたチャンビンは、かわりに入って来た数人の女性達とぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「いいえ」
「あそこの席が空いてるわ。ユ先生早くー」
その中の1人は返したが他の女性達に促され、その女性もチャンビンを見る事無く横切って行った。
――華やかな女性達は苦手だ。
そもそもが自分がこんな発展した街に見合っているかもわからない。
ぴしりとしたスーツなど会社に入社した際にしか着ていず、周囲に肌を見せるのも嫌で何故か無彩色な服ばかり。
この会社に入ったのも相手と話さずに仕事が出来るというのと、大学時代から論文なども書いていた電子工学を生かせると考えての事だった。
それなりに実家は裕福な方だが自分の特技が役立つとも思えない。
・・・何時か個人会社でも立ち上げようか?
カフェ近くの横断歩道まで来ると胸元の携帯電話が震え、再びメールが来ていた。
“今カフェにいたので、会社に戻ってから再度ご連絡致します。”
在り来りな返事をしポケットにしまおうとしたが、
“カフェ?ソウル市内か?駅近くか?”
「・・・は?」
・・・何だ、いきなり。
“はい、最近出来たばかりという所です。”
“その店の窓側席に女性はいなかったか?”
「・・・はあ?」
沢山いたからよくわからない。
しかし、女性が1人はいなかった筈だ。
“いいえ、いませんでした。”
“ならいい。連絡を頼む。”
そこでメールは切れた。
「・・・何だ、この人」
女性?恋人か何かか?
待ち合わせだったとか?
いや、だとしたら他人に聞くのはおかしいな。
・・・怪しい。
「もしかして、常識がある人では無いのか?」
これが終わったら一旦チェ製薬会社の依頼は考えてみるか。
チャンビンはふと考え、
携帯電話を仕舞うと歩き出した集団と同じく横断歩道を渡って行った――。
パチンッ。
いきなりパソコンに向かっていたチャンビンが指を鳴らし、その音に反応したヨンが見ていた雑誌から顔を上げた。
「何だ?」
「以前の“チェヨン”のおかしなメールを思い出しました」
「?」
事故前のチェヨンとも連絡を取り合っていたチャンビンは、何か手がかりがないかとメール遍歴を遡り見ていたのだがとある文面に手を止めていた。
「・・・事故にあう1ヶ月前に変なメールのやりとりをしたのですが、これは一体誰の事だったのか?・・・まさかユさん?」
「何だと?」
ウンスの名前にソファーに座っていたヨンは急いでチャンビンに寄り横からパソコンに表示されたメールを読んだ。
“女性”とは、ユウンスの事だろうか?
ユウンスの事を密かに調べると、結婚相談所以外にも彼女はコーヒーが好きで1人でよくあちこちのコーヒーショップに寄るらしい。
コレがユウンスかどうかはわからないが、“チェヨン”なのだから考えられなくもないとチャンビンは考えた。
「此奴、イムジャの動向を探っていたのか?
・・・何て奴だ」
「・・・」
チャンビンは冷めた視線を隣りのヨンに向けると、それに気付いた彼は小さく咳をしパソコンから離れて行く。
結局は同一人物なのにこの人は何を言っているのか?
寧ろ自覚をしていないのか?
と疑問に思ってしまう。
製薬会社の中では比較的孤立した“チェヨン”なのだとわかったが、大人しい性格かというとそうでもなさそうでメールの内容やキリが無い程の修正の依頼に今思えばあの時代のヨンと何ら変わりは無い。
我が強く無理矢理押し通そうとする。
ウンスが現れてからは大人しくなっていたが、それ以前は隊士達は苦労していたではないか。
「あー、あの時に入って来た女性達の中にユさんがいたのかもしれないですねぇー。
“います”と返事をすれば彼は飛んで来たのかなぁー」
顔を見せない男を彼女を餌に引っ張り出せたのかもしれない。
「むっ」
不機嫌になったヨンがギロリとチャンビンを睨んで来たが、チャンビンはやれやれと肩を竦めパソコンに顔を戻した。
同じ“チェヨン”でもユウンスに声を掛けるのは嫌なのだろうか?――我儘な男だ。
しかし、先に仁川空港に向かう前に医仙に“チェヨン”が声を掛けていたら、きっと今のヨンはいなかっただろうし自分もあの記憶が蘇る事も無かった。
それははたして良いのか悪いのか・・・。
「とりあえず、アメリカのセキュリティ会社に応援依頼していますので。
あと、ユさんからのご連絡は送りましたが読みましたか?」
「ああ」
そう言うとヨンは自分の携帯電話に目を通した。
ウンスが再びヨンと話がしたいという文面をそのままメールで貼付し彼に送ったのだが、
再び読んでいるのだろう
彼の横顔が少し緩んでいる気がした――。
ソウル市内でも人気のカフェは、夕方の時間帯のせいか学生が割合多かったが、昼夕夜とお客のバリエーションが変わっていくのも人気がある証拠らしい。
店内の大きな張り出し窓の傍に心地良さそうな席を見つけたウンスはそこに座り、頼んだコーヒーを待ちながらも手鏡で髪や化粧を見直していた。
休日だった為に午前中のうちに美容院に行けた事はラッキーだったと、染め直した赤茶色の髪を見ていると店の入口にスーツ姿の男性が立っていて店内を見渡している。
やはり、スタイルが良い彼は注目を浴びてしまうのか店内のお客がチェヨンに視線を注いでいるが、当の本人は気にする訳でも無く窓側に座っているウンスを見つけると大股で近付いて来た。
・・・近付くとやはり、何故か威圧感を感じてしまうのは何なのか?
ウンスはごくりと唾を飲み込み、一つ咳をしてからヨンを見た。
「こんにちは、チェヨンさん」
「・・・イムジャ」
ニコリと笑うウンスにチェヨンは再びあの呼び方を向けて来る。う、と一瞬詰まってしまったが、負けじと更に微笑んだ。
「チェヨンさんに謝りたくて、チャンさんにお願いしました」
「いいえ、謝るべきは俺の方です。
イムジャを怖がらせるつもりはありませんでした・・・」
――・・・無理矢理イベント会場から連れ出した彼も、少しは罪悪感があったらしい。
眉を下げ謝罪して来るヨンにウンスは、ふむと頷いた。
「結婚相談所の件もチャンさんから相談所のお金も返して頂きましたから、それはもう気にしていません」
ウンスの言葉にヨンはホッと安堵の息を吐き、その姿を見たウンスは再びニコリと笑う。
「チェヨンさんも退会したのですよね?」
「俺は・・・イムジャを探す為に入っただけで、それ以外に意味はありません」
――・・・それは考えると“意味”が怖いのだけど。
ウンスは、目を丸くしてしまったが、この人は少し変わっているのだと言い聞かせ気持ちを落ち着かせる。
ふぅと、一つ息を吐き、
「そうですか。
・・・チェヨンさんの様な方に気に掛けて頂けるなんて、とても嬉しいですわ」
優しく微笑むウンスの顔を見て、やはり違和感を感じながらも近くでウンスの笑顔を受けた喜びが勝ってしまいヨンは、はい、と大きく頷く。
「俺は・・・イムジャをずっと探していたんです」
告白ともプロポーズとも言えるヨンの言葉に店内の客達も驚き、二人の男女の行方に注目しているがその眼差しに気付いていないのは本人達だけだった。
「・・・ですが、私はまだチェヨンさんの事を知りませんので・・・」
「・・・そうですね。では、徐々にで構いません、俺を知って頂きたい」
・・・うーん、本当にこの人は私が好きなのだわ。
人生で男性から追い掛けられた事など無かったウンスに、まさかこんな展開が来るとはと改めて驚いてしまう。
――・・・でも、いくらイケメンだからといって、ここで自分が焦ったら意味が無いわね。
「・・・でも、夜に会うのは・・・」
「わかりました、この時間帯で構いません。俺はイムジャと会えるなら何時でも構わないです」
「そうですか。・・・それでは、まずは何回か会ってお互いを知る事から始めませんか?」
ウンスは、可愛らしく首を傾げどうですか?と微笑むと、ヨンは少しウンスを見て惚けていたが、はいっ、と再び大きく頷きウンスの手を握ろうとして来た。
しかし、瞬時にウンスは手を避け自分の後ろに隠す。
この間の車の中でも、どうにもこのチェヨンは何かとウンスの手を触ろうとして来るのがわかった。
――そこ迄はさせないわ。
隠された手を掴めなかったヨンは浮いたままの自分の手と、ニコリと笑いながらも隠したウンスの顔を見て目を丸くしたが直ぐ手を下ろしわかりました、と言葉を出した。
「イムジャに信じて貰う迄、俺を知って頂きたい」
「ええ。徐々に。お願い致します」
おおっ――!!
「ん?」
「何だ?」
大きな声に2人は漸く周囲に目を向けた。
何故か、
店内で一斉に歓声が上がったのだった――。
⑥に続く
△△△△△△△
⑤魔術師、でのヨンとウンスの会話でした。
以前の“チェヨン”の願いは高麗ヨンが“ある意味プロポーズまがい”も含め実は叶えていたのでした。🙂
🐹ポチリとお願いします🐥💞
にほんブログ村