⑧=月
秘密とは、
他人に知られない様にする事。
隠して人に見せたり、教えたりしない事。
わぁー!と何故か歓声が上がったカフェ内に驚いた二人だったが、ヨンは直ぐに顔を戻しウンスに向き直すと、
「ではイムジャの連絡先を教えて下さい」
「そ、そうでしたね」
まだお互い連絡先を交換さえしていなかったのだ。
そう考えると、突然車に乗せられた事が本当に不思議でならない。
二人が連絡先を交換し終わる頃にはカフェ内も落ち着き、学生達もはしゃぎながら帰っていた。
「漸くこの機械にも慣れてきたので、これでイムジャに連絡をする事が出来ます」
「・・・はぁ。・・・?」
随分とアナログな生活を送っていたのだろうか?
もしくは、海外のとはシステムが違う・・・訳では無い筈だけど。
「・・・実は、去年事故に合いまして。暫くの間、入院・・・していたので」
「え?」
・・・そうだったの?
話を聞いてウンスは、去年ソウル市内での交差点の大事故を思い出し驚いた。
確か、ソウル市から仁川空港方面に向かう道路での事故で、運転手の一人は意識不明の重体になり近くの大学病院に救急搬送されていた。
テレビのニュースでも流れたのをウンスも覚えていたのだ。
「あれって、・・・チェヨンさんだったのですか?」
途端に何時ものウンスになり、一瞬で医者の顔になったウンスをヨンは何故か嬉しそうに眺め、にこやかに答えて来る。
「えぇ、ですがリハビリも終わり、今は普通に会社に出ています」
「それは、良かったですね」
「・・・これも運命だったのだと、俺は思っているので」
それがあって自分はこの世界に、ウンスのいる場所に来れたのだと――。
「えぇ、でも車を運転する時は・・・―ッ」
ウンスは思わず医者の立場でチェヨンに言いそうになり、慌てて口を閉じた。
――・・・あぁ、違う違う。可愛い女性でしょう?
「イムジャ?」
「・・・いえ、何でもありません」
うふふと小さく笑うウンスに、ヨンはジッと顔を見つめて来たが小さく口角を上げるだけにした。先程まで見た事あるウンスだと思っていたのに、また変わってしまった。
『医仙も、少しは警戒して来るでしょうから』
そうかもしれない。
始まりがいけなかったのだ。
チャン侍医の言葉を思い出し、小さくため息を吐く。
それでも良い。
イムジャが自分に笑いかけているではないか。
ちらりとウンスが隠した手を見たが、
この間握った手はとても温かった――。
お互い当たり障りの無い会話をしながらも、ヨンは趣味や休日の過ごし方等をウンスから聞き出していた。
だが、ウンスの言葉を聞きヨンは時々悩んでしまう時があり――。
「チェヨンさんは、とても博識なのですね」
「はい。・・・いえ」
イムジャから教わったものもあります。
とは言えず。
聞き上手なウンスはヨンの話の合間に頷き、質問して来る時もあるが話の腰を折らず、ヨンが話しやすい空気を作ってくれている。
しかし、それはヨンもよく知っている医者のウンスなのだ。
「俺が何故イムジャを探していたのかというと・・・」
そう話を始めると、
ウンスの顔は更に外向けの笑顔で覆われてしまう。
「そんなに会うきっかけがあったかしら?」
問いながらも可愛らしい笑みは貼り付けられた様で・・・。
――自分は何かイムジャが嫌悪する事を言っているのだろうか?
結局ヨンは、伝えたい事の半分もウンスには話せずにいたのだった。
カフェにいたのはたったの1時間で、二人は店を出ると向かい合った。
「電話、しても良いですか?」
「少しなら大丈夫です」
「ありがとうございます」
車で送るというとウンスは近くなのでバスで良いと言い、
近くの停留所を指差しやんわりと拒否をして来た。
「イムジャ」
「はい?」
呼べば必ず返事をしてくれるのに、こうも想いを伝えるのが難儀だとは。
夕日は消え空は薄暗くなっていたが、ビルや車のライトで街は結局昼間と変わらない明るさを見てヨンは、この世界で目覚めてからこれがあの夜でも明るい原因だったのかと改めて感嘆した。それも1ヶ月もすれば慣れてきたが、ウンスがこの街で生きていたのだと思うと苦しくも、懺悔にも近い思いと、どうか貴女も再びいて欲しいと何度も祈っていた。
だが、今はまだ言えない事もわかっている。
「あ、もうバスが来ましたので」
10分も経たずにバスが停留所に止まり、列の中にウンスが入って行く。
「今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるウンスに、思わずヨンは咄嗟に近付き腕を掴んだ。
「やはり送ります。近くに止めてあるのでそんなに歩きません故」
「え、はぁ・・・」
突然の行動にウンスは目を大きくし、驚いた顔で見上げて来る。
――・・・この顔は出すのに。
見慣れたウンスの顔を見下ろしながら、ヨンはぐっと口を閉じた。
・・・何が駄目なのだろうか?
・・・ウンスが俺の事を何も覚えていないからだろうか?
「・・・・・」
ウンスの手を引きながら、
歩道を歩いていたヨンは足を止め、
後ろのウンスに顔を向けると、
そっと気を送った。
「・・・?」
ピクリとウンスの手が動いたが、他の反応は何も無く。
「あの、何か?」
「・・・いいえ。あそこに車があります」
そう言ってまたヨンは前を向き歩き出した――。
結局ヨンの車で家の近くまで送って貰ったのだが、ヨンが時々チラチラと助手席のウンスを見て来ては、
「具合いは大丈夫ですか?」
と尋ねて来る。
「私、車酔いはしないので」
そう返すとヨンは何故か、そうですかと口篭ってしまう。
――・・・本当によくわからないわ、この人。
しかし、少し沈んだ顔のヨンにまた手を触られた事を言い出せずにいたウンスだった。
それと。
ふとヨンの事故の話を聞いてから、ウンスは必死に少し前に同僚達が話をしていた事を思い出そうとしていた。
あの車の事故はチェヨンさんだったのだわ。
・・・あれー?あの車の事故って・・・。
「シムは知っているかしら?」
だが、他人の、しかも他病院の患者の話等さらりと聞き流していたウンスは結局思い出せないまま部屋に戻り、軽い食事とシャワーを浴びのんびりと過ごしていた。
ソファーに座っていると、スマホが振動しヨンからのメールが受信されており、その内容は会ってくれた事への感謝と再び会う機会が欲しいとの文が長々と書かれてある。
年齢的にウンスと変わらない筈なのに、文章はまるで父親の様にしっかりとした言葉遣いで途中からウンスは口が開いている事に気付く程だった。
「・・・本当に謎」
彼は一体どういう人物なのか?
自分はあんな大会社の御曹司と知り合った記憶も会話をした記憶も無い。
3年間、相談所のイベントに参加していたが、来てはいなかった筈だ。
――なのに、彼はウンスを運命の人だと言って来るのだ。
一目惚れした事も無いウンスには、わからない感覚だと思う。
「・・・まぁ、何はともあれ、クリニックの為の資金と幹細胞の研究を何処かに売り込むチャンスがあれば・・・」
彼の会社が既にヒト幹細胞や植物幹細胞の研究をしているのは、わかっている。薬品だけでは無く、化粧品や美容液、パックにも使われているがその細胞を増やす研究会社も別に建てていた筈だ。
幹細胞だけを取り出す精密機械を、膨大な数所有出来るのが何とも羨ましい限りだと思わずため息を吐いてしまう。
「一つでも良いのよ。契約さえしてくれれば・・・!」
――・・・さて、彼は自分の会社の中でどの位の権限を持っているのだろう?
そんな事をヨンから来たメールを見ながら、ウンスは考えていたのだった―――。
だが、次の日。
シムの話にウンスは片眉を上げていた。
「そうなの?」
「・・・いや、でも、私もその病院の知り合いから聞いただけだから、そこまでは・・・」
でも、事故の話を聞いた時は、
そんなドラマみたいな事もあるのねぇ。
と、思ったのだとシムは言う。
ウンスの目は徐々に薄まり、
「・・・あぁ、そう。
だったら、チェヨンさんに聞いてみるしかないわね~?」
それが事実なら、
――この話は無しって事で。
⑨に続く
☆☆☆☆☆☆☆☆
18、月
正位置=不安・憂鬱・中途半端・誤解・移ろい
逆位置=脱却・明晰・トラウマからの解消・回復
彼は何をしに仁川空港に向かったのだろうか?
・・・あれ?8話で既にこんな展開?笑まぁ、いいか。
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