1月は、何かを始める月というより、
立ち止まって考える月だった。



年のはじめという区切りもあって、
自然と「この暮らしを、どこまで続けられるだろう」と自分に問いかける時間が増えた。

持続可能な暮らし。
言葉にすると少し立派だけれど、
私にとってそれは、
「無理をしなくても明日が来るかどうか」
という、もっと身近な感覚だった。

収入、生活費、時間の使い方、
心と体の余白。
どれか一つが欠けると、
暮らしは簡単に苦しくなる。

だから1月は、
増やすことよりも、
下げることに目を向けた。

生活の水準を見直し、
「これだけあれば十分」と思えるラインを探す。
不安が出たら、何かを足す前に立ち止まる。

そうしてみると、
暮らしは思っていたよりも、
繊細で、正直だった。

少し詰め込みすぎると、
すぐに息苦しくなる。
でも、緩めすぎなくてもいい。
ほんの少しの調整で、
また呼吸ができる。

持続可能な暮らしは、
完成形があるものではなく、
調整し続ける前提の暮らしなのだと、
今月あらためて感じた。



うまくいった日もあれば、
不安に引き戻された日もある。
それでも、その揺れを観察できたこと自体が、
今月の収穫だった。

考えることは、
前に進むこととは限らない。
でも、壊れないためにはとても大切な時間だ。

1月は、持続可能な暮らしについて、
答えを出した月ではない。

ただ、
問いを自分のそばに置いたまま、
暮らしてみた一か月だった。