私が当時実際にやったこと。
「今日はどうする?」と考えるようになってから、私は何かを足すよりいくつかの価値観を手放しました。
正解を探すのをやめ、“我が家に合う形”を探すことにしたのです。
朝の攻防をやめた
毎朝が地獄でした。
起こす→反応がない→焦る→責める
そして自己嫌悪。
ホントに負のループでした。
私は負のループを断ち切る事にしました。
起きないことを問題にしない。
声はかけるし、カーテンは開ける。
でも、それ以上は追わない。
状況はすぐには変わらないけど、衝突と自己嫌悪は減りました。
正しさより、居心地を優先した
生活リズムを整えることが大事だと、頭では分かっていました。
でも現実は自室にこもる時間が増えていく一方でした。
我が家は二世帯同居です。
祖父母に悪意はないが視線はある。
「目は口ほど物を言う」と言われるように
直接何も言わなくても、視線は痛い。
子どもには、祖父母の空気だけでも心の負担でした。
しばらくの間は2階のセカンドリビングで別々に食事をする事にしました。
祖父母の目を避けることで家の中に“安全地帯”が出来ました。
その事が、「逃げてる」「甘やかしてる」かもしれない。
でも、家の中に“安全地帯”ができた事で、自室から出てくるようになりました。
「甘えは悪だ」という価値観との距離を考えた
わが家の中には、はっきりとした価値観の対立がありました。
夫や義父母には「甘えは悪だ」
「学校に行かないのは根性が足りない」
という考え方が強くありました。
それはその人たちが生きてきた時代の中では、ある意味“正解”だったのだと思う。
でも、今は違う。
社会も、子どもを取り巻く環境も、学校の在り方も変わっています。それなのに、「昔はこうだった」を基準に今の子どもを測ろうとすると、どうしても無理が出ます。
家の中は、見えない分断状態でした。
・甘えは悪だ派
・今はそう単純じゃない派
私は後者に立ちました。
正直に言えば、迷いは何度もありました。
「私が甘やかしているのでは?」
「このままでいいの?」
夜中に検索魔になった日は数しれず。
それでも“子どもを守る側”に立つと決めました。今と昔の価値観の狭間で、何度も揺れました。
でも、あの時間があったからこそ、
「うちの家族にとっての正解」を考える事が出来ました。
母親のメンタルも守らなければ、何も守れない
義父母の目は想像以上にしんどく、直接何かを言われなくても「どう思われているだろう」という空気が常にありました。
不登校は、子どもだけの問題ではない。
家族全体の空気に影響する。
母親が追い詰められると、家の空気は確実に悪くなりました。
私は、意識的に“距離”を取りました。
・食事場所を2階に変えた
・子どもが安心できる空間を優先した
・祖父母の価値観を無理に変えようとしなかった
「分かってもらう」よりも「巻き込まれない」ことを選びました。
それは逃げではなく、戦略でした。
母親のメンタルが崩れたら、子どもを守る人がいなくなる。だから、母親も守る対象に含める。これは声を大にして言いたい。
まとめ
あの頃は、何が正しいのか分からない毎日でした。揺れて、迷って、不安になってました。
でも今は思う。
あの時間があったからこそ、得られたことがある。あの時間があったからこそ、知れたことがある。
学校に行く・行かない以上に、
「この家は安全だ」と思えることの大切さ。
母親のメンタルも守らなければ、何も守れないという現実。
もし当時の自分に声をかけるなら、こう言いたい。
「大丈夫、自信もって。あなたは間違ってない。」
遠回りに見えた時間は、
我が家にとっての再出発の準備期間だったと思います。
そう思える今がある。
もし、何らかの検索でこのブログにたどり着いた貴方が、子どもの不登校に悩んでるなら同じ言葉を送ります。
「大丈夫、自信もって。あなたは間違ってない」
