日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^
ここ数日、新潟県内をあちこち
移動する機会がありました。
紅葉の季節。
色づき始めのタイミング。
こちらは新潟県上越市の高田公園の様子
こちらは、新潟県湯沢町の二居ダムです。
ここ数日の旅を3つの言葉で表すと、
「自然」「季節(秋)」「気づき」です。
新潟県、長岡市を起点に
湯沢方面と上越市方面へ。
あとは新潟方面に向かえば
北と南でバランスがとれそうですw
自然に囲まれるなかで、
ハートがすーっと開かれる感じがします。
自然の方が自分に語り掛けてくるような
感じもしてきます。
二居ダムは初めて行ったのですが、
とにかく静寂。自然の存在感を音で
聞いているような、感じているかの様でした。
ハートが開かれているときは、
気分もいいですし、
頭もスッキリしていていい感じです。
そんな時にふとやってくるのは気づきです。
私がヒーリングを学んで、
自分や人や物などへヒーリングを行ったり、
またヒーリングを教えることを通して、
手探りで学んできたわけなのですが、
中でも、「相手(自分)を理解する」ことに
精通してきたなぁと思います。
相手の体験を聞き入れ、
どんな思いをしたのか、
少しでも自身のキャパを広げて
相手を理解するにあたり、
情報収集もしてきましたが、
あくまでもその情報は補足で、
気になったときに本やインターネット等から、
インプットしていただけなのですが、、、
それがある時から、
気づきやひらめきとなって
いいタイミングで思い出すことに。
また、
私が一番理解してあげたかったのは、
「母親」だったのでしょう。
女手一つで私と妹を育ててきた母親が
私に時々八つ当たりらしい態度をみせることが
あったんですが、子供なりに、母親の
機嫌が悪いのかなぁとそれ以上聞かずに
スルーしてきたことを思い出しました。
でも、それは大人になるにつれて、
理不尽だなぁと思うようになっていました。
もし、父親がいたら、、、
母親はきっと愚痴や不満を、
父親に伝えていたことでしょう。
言葉ではなかったとしても、
態度で示していたかもしれません。
しかし父親はいません。
代わりに誰が受けることになるのか…
私か妹だったのでしょう…
「相手(自分)を理解する」ことは今や
不満や愚痴を言える相手がいなかった
母親を理解することにも繋がりました。
(だいぶ時間はかかりましたが…)
同時に、理不尽さを抱えていた頃の
自分自身をも理解するに至りました。
もう一つ。私は…
当時、父親がいない分、無意識にも
父親の変わりや父親の役目を果たそうと
思ってきたのかもしれません。
時が経ったいまでは
「相手(自分)を理解する」ってことを学ぶには
”父親が不在であった”という条件が
よかったとさえ思えてきます。
誰かに最善の環境(両親)を選んで
生まれてきたね、と言われても、
言い返す言葉はありません。
ヒーリングを学んできたこれまでの過程も
出会ってきた人たちもぜーんぶ、完璧。
ってことなんでしょう…
親に対して色んな思いがあって悶々とし
葛藤していたこともあってヒーリングを学び
実践してきたはずなのに…
もう、
降参です…w
これで、人生の学びは THE END と
言いたいところですが、
終わらないんですよねw
終わりという名の始まりです。
気づくたびに肉体が滅びていたら
いくつ「命」があればいいの!って
なってしまいますよね。
私たちの学びや気づきは、
永遠に魂に記録されていくのでしょう。
それこそ、永遠に続く命なのかもしれません。
想像ですけどねw
人生、学び続ける仲間と歩みたいなぁと
改めて思いました^^





