今を楽しみワクワクの未来に向かって歩むヒーリングサロンSimple-Heart ハーモニスト駒澤亜花莉

今を楽しみワクワクの未来に向かって歩むヒーリングサロンSimple-Heart ハーモニスト駒澤亜花莉

こころと身体の調和がとれているストレスゼロの状態ハーモニズムがとれていると、あなたらしさは自然と内側から湧いてきます。無意識に眠っているあなたのハーモニズムを呼び覚まし、ワクワクしている自分を思い出してみませんか?



      

      

      

ご訪問ありがとうございます
日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^

 

 

今日は、今の私から眺めてみた
シータヒーリング®とのこれまでの日々について
書いてみようと思います。


シータヒーリング®
とても重たい大きな鉄の塊のようなものと出会ってしまった。
あくまでもイメージの話です。

 




どこに蓋があるのかわからなければ、
開くのかどうかすらわからない。
とても重そうで重厚感がある、それだけは肌で感じた。

習ったように、家でも復習してみる。
夫にどれだけ練習に付き合ってもらっただろうか。
気が付けば、夫が自称ヒーラーだと名乗るほど。

冗談はさておき、
シータヒーリング®
学べば学ぶほど私のこれまで触れてこなかった感覚を
呼び覚ましてくれた。それは好奇心。

好奇心が私の背中を押してくれたように思う。
背中を押されて進んでいくのは、真っ暗な部屋だった。
真っ暗な部屋に少しずつ進むが、照らす光は自身の内側にあると
シータヒーリング®は教えてくれた。

内なる光は何でも照らしてくれた。
照らされて、視界に飛び込む情報については、他者と共有。
この共有もどれだけしてきただろう。
いつの間にか言語化にも慣れていった。


真っ暗な部屋を進むようで、
実は真っ暗な部屋とは、まだ自分が気づいていない側面であることに
ある時気づき始める。だから怖さというのは、知らない自分を知ることに由来すると
少しずつ気づいてくるのだが・・・怖いものはこわい。

この怖さと、私の背中を押す好奇心とのバランスが
私をずっと支えてきたのかもしれない。
ほんの少しだけ好奇心が勝ったことで、真っ暗なまだ知らない数々の自分との出会いを
こなしてこれたのだと思う。

知らない自分を知るプロセス。
これを改めて眺めてみると、そこには感情という付録がついてくる。
雑誌を買ったときについてくる付録みたいなもので、
とにかくドキドキさせられるのだ。

知らない自分を知るプロセス。
今思えば、暗い部屋は自分のことであって未知だ。
にもかかわらず、私たちは自分を知ったかぶる。
これは今だからこそ、少し滑稽に見える。

自分という枠組みは常に変わるもので、固定化されているものではないはずなのに、
自分を知っているという枠組みが自分を苦しめていることに気づいてはいない。

知らない自分が顔を出せない以上、仕方ないのかもしれないが、
苦しみは知らない自分が暗い部屋から姿を現せないからこそ起こるのではないかと思う。
内なる光、暗い部屋を照らす光、知らない自分を知る瞬間、感情という付録
それらが一気に動き出す。

生命が躍動する。

シータヒーリング®が私に教えてくれたことの一つである。


そして、生命の躍動は新たな情報ともつなげてくれる。
新たな視界を手に入れ、新たな情報とそれを整理し思考することで創造が生じ、
これまで何度となくやってきている共有を通して繋がりも広がる。
この繋がりは知らなかった自分が回収されたことのサインかもしれないと今思う。


そんなこんなで、
人生にアップデートが加わり、自分という固定化されていた枠組み(セルフイメージ)に
柔軟性が帯びていく。見るものが変われば思考も変わり、行動が変わっていく。
新しい地図が必要となり、新たに情報を得ようとする意識も芽生える。
いつしか植物のように栄養を吸収しては花を咲かせ実をつけていく。
大地と空の間に堂々と存在する、そんなことを身をもって体験させられるかのような
時間を過ごしてきたなぁとしみじみ思う。

しかし、そんな時間も長くは続かない。
成長した花は枯れ、また花を咲かせ実をつけることを繰り返す。
この周期が心地よければ問題はなかっただろうけど、
私にとってはそれがひとつの囲いのように自分を固定化する檻のようにも
感じられるときがきた。なぜか檻のように感じるのだ。
花を咲かせ実をつけても、喜べない寒い冬がやってきた様に感じることもあった。

寒い冬が教えてくれたことは、
寒いと感じている私と、寒さを感じさせる目の前に広がる景色、
この両者に生じる距離感に違和感を感じたのだ。
寒さを感じさせる目の前の景色のほうが寒さの本質ではないだろうかと思ったりもした。

シータヒーリング®で暗い部屋に内なる光を照らし続け、見てきた景色。
そちらにこそ本質があると思ったのだった。自分にこだわり続ける固定概念には、
はじめは不思議にすら思わなかったけど、変わる目の前の景色のほうが、
自分らしくあるのではないかと思ったのだ。
そう、自分とは目の前の景色のほうだったと、
視点の大転換が起こったのも面白かった。



こうして今の私から眺めてみると、冒頭で記したシータヒーリング®との日々はーー
とても重たい大きな鉄の塊のようなものと出会ってしまったと記したが、
それが私自身を象徴していたということだったのだ。

とても重たい大きな鉄の塊のような私。
たぶん、ちょっとしたことではブレないどしっとした性質をもっているのだろう。
頑固だと言われてしまいそうだけど、今の私からすれば、頑固の本質は、
動じない安定感と、冷静な情報収集能力と判断、決断だと思ったのだ。

まったくもって思ってもなかったセルフイメージとの遭遇だった。
それをはじめから知っていたら、急いで判断したり、変化しなきゃと焦ることは
私のこれまでの人生においては、自分を見失うことに繋がっていたのかもしれない。
だから何ってことでもないけれど、人間としてのカタチを改めて確認できたのも
シータヒーリング®と出会って歩んだプロセスがあったからだと思っている。