ご訪問ありがとうございます
日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^
あるとき、ふとこんな感覚がありました。
「なんて、自分はちっぽけなんだろう」

旅行に行ったときのような、
非日常の景色に触れたときに感じるあの感覚。
ありますよね。
でもそのとき私は、
どこにも行っていませんでした。
いつも通りの日常の中にいたんです。
ここから、
ちょっと不思議な感覚が続きます。
私たちは普段、
「自分の目で世界を見ている」と思っていますよね。
でも、ふと思ったんです。
もし本当にそうだとしたら、
見えている景色より、
自分のほうが“大きい”ことにならないかな?って。
目の前の景色って、
自分の視界の中に収まっていますよね。
ということは、
「見ている自分」のほうが
その景色より大きいとも言える。
でも一方で、
太陽はとてつもなく大きいし、
地球も自分よりはるかに大きい存在。
これって、どうなってるんだろう?
・見えている世界は小さい
・でも現実のスケールはとても大きい
この矛盾に気づいたとき、
一瞬、立っている場所がわからなくなるような
不思議な感覚になりました。
「私は、どこから世界を見ているんだろう?」
ここにいる、と思っているこの「ここ」って、
本当にあるのかな?
そんな問いが自然と浮かびました。
そのとき感じたのは、
私たちは、
「大きい」とか「小さい」とかも
はっきり決まっていない場所で
生きているのかもしれない、ということ。
でも普段は、
・これが正しい
・ここにいる
・こうあるべき
そんなふうに、何かを決めて
安心しようとしている気がします。
もし、この「はっきりしない感じ」を
そのまま受け入れてみたらどうなるんだろうなと。
そう思ったとき、
日常の出来事の見え方も
少し変わる気がしました。
例えば、
誰かがポイ捨てをしている場面を見たとき。
今までは、「なんでそんなことするの?」と
すぐに反応していたかもしれない。
でも、
「これって、どの位置から見ているんだろう?」
そう問いがひとつ入るだけで、
その出来事の大きさが
少し揺らぐ感じがしたんです。
もしかするとそれは、
すごく大きな問題ではなくて、
今の自分の見え方の中で
そう感じているだけなのかもしれない。
そう思えたとき、
無理に我慢したり、許そうとしなくても
自然と反応がやわらぐ感覚がありました。
たぶんこれは、
自分が変わったというより、
「見ている位置」が少し変わっただけ。
私たちは普段、
どこから見ているかを
あまり意識していません。
でもその位置が少し変わるだけで、
世界の見え方も、
自分の感じ方も、
静かに変わっていくのかもしれません。
なんだか不思議な話ですが、
日常の中でふと感じた
小さな気づきでした^^







