ご訪問ありがとうございます
日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^
今日は、ふと浮かんだ
「時間」と「つながり」について書いてみます。
過去というと、私にとっては記憶であり、
本に記録された情報という感じがしている。
未来はというと、
記録はされているけど、まだみえていないか、
読まれていない本のようなもので、
それもまた情報の集まり。
そんなイメージがある。
では、現在はというと。
まだ情報になる前の段階にある状態。
そんなイメージがある。
だから、現在は
情報を生み出す最前線みたいな感じだ。
「今ここ」と言ってもいいかもしれない。
私はこれらがすべて
「つながり」からみてとれた。

ここで言うところの「つながり」って、
一本の線というよりは、
鎖のようなつながりが一本の線になっている、
そんなイメージ。
鎖のつなぎ目が一様ではなくて、
つなぎ方も強度も様々である。
途切れかかっているようなつなぎ目もあるかもしれない。
だけど、途切れるには至らない。
なぜなら、つなぎ目には
まだみえていない未来の情報があって、
気づかれていないだけかもしれないから。
ほどけそうなつなぎ目は、
発見されることで実はしっかりつながっていた
なんていうこともあるかもしれない。
大事なことは
つながり方とか強度というよりも、
つながっているということ。
ほどけることがない、ということなのだと思う。
先祖代々のつながりをイメージしてほしい。
私たちは、
会ったこともみたこともない人と
時を超えてつながっているらしい。
ここでの「つながり」は
つながり方や強度が重要なのではなく、
つながっているということが重要なのだ。
どこかで途切れそうなつなぎ目が、
誰かの未来が照らされることによって
新たなつなぎ目としてみえてくる。
そのつなぎ目は「つながり」全体にも影響し、
新たな波をもたらすかもしれない。
それは過去においても、未来においても、
同じく影響するのだろう。
そして今、この瞬間。
現在においてそれがどう現れてくるのか。
それが私たちを通してみえてくる。
つながりのなかに、あったものが
形となってあらわれる。
現れによって私たちはそれに意味をつけ、
自分との関係を築き、
身体を通してつながりを紡ぐ。
エンドレスに。
もし今、
理由もなく心が動いたなら、
それは過去でも未来でもなく、
つながりそのものが
あなたを通して揺れたのかもしれない。
私たちは、
つながりを探して生きているのではなく、
つながりの一部として、
今日もここに立っている。