開いて下さり
ありがとうございます
こんにちは ひかりです🌸
「50年前に不登校をしてたのよ」
というお話を最近きかせていただき
とても”安心”の気持ちになったので、シェアします![]()
その方は、企業に数十年勤務し定年退職され、今はお孫さんの成長を楽しみに過ごされている、にこやかで朗らかな印象の方。
私は、地域活動の拠点施設で非常勤をしていて、
講座やイベントで様々な方と接する機会があり
そこで、不登校のお子さんを持つ保護者に向けた講座の企画準備をしていたときに
たまたま「不登校」という言葉を耳にされ
ご自分の経験について私に話してくださいました。
50年前の中学生時代に約2年間不登校だったそうです。
「私、はしりだったのよ~。うふふ。」と、ほんわか口調
ある日を境に、朝、体が動かなくなり、
明日はがんばって行こうと思うのだけど
次の日の朝になると、やっぱり体が思うように動かない。
そんな日が続いて不登校になったそう。
今、振り返っても明確は理由はわからない
強いて言えば、職員室で聴いた先生たちの会話に違和感を感じたことがあり
大人への不信感を持ったのかなぁ?…とのこと。
大人になって、振り返っても理由がわからないこともある。
渦中にある子ども達が、学校に行けない理由を言語化できなくても無理もないですよね。
3年生の終盤で「なぜか」少しづつ学校に行けるようになり
高校に進学されたそうです。
おうちの方や周りの反応や対応はどうだったのか?
気になりますよね。
「最初は父は学校に行けと言っていたけど、母は最初からあまり何も言わなかったような…」
「中学校の先生が熱心でよくしてくれて、3年生の途中からなんとか行けたの」
意外にも?お母さんの対応についてはぼんやりな記憶。
それだけ、お母さんが登校への圧をかけたり、あれこれ手を出さなかったということなのかなぁ(すごいなー)。
親御さんの対応で良かったこと、嬉しかったことについても質問してみました。
「やっぱり、子どもって母親が味方かどうかが重要。
うちの母は、私にあれこれ言わなかったけど…今思えば、父や親せきに色々言われてたと思う。自分がこの年になって、やっとわかるんだけど、大変だっただろうなって。しかも不登校なんてめったにきかない時代だったし。」
「高校になったら好きなペースで登校するのを応援してくれて、帰りたくなったら帰っておいでーって、そんな感じだった」
だそうです。
私は息子たちに、めっちゃあれこれ口うるさく言ってしまった…
ってことを話したら
「大丈夫よ~。どうにでもなる。」って笑ってくださいました。
高校入学後も、教室や集団の場にいることへの違和感はずっとあって
「なんかいやだ」っていう日は途中下校(スカートで柵を超え脱出)もしていた。
学習面では上位に張り出される教科と、授業受けずに赤点の教科があって凸凹が激しかったけど、どうにかなった。
ある意味、嫌なことは嫌というのが強かったのかもしれない。仕事は仕事として嫌なこともできたから…大人になるにつれ変わったのかも。
でも、いまでもこれは自分に合う合わないという感覚はしっかりあって、その辺が鈍感になれない。
今の子ども達に不登校が増えているのも、今の日本の学校制度に合わないっていうのを表現しやすくなってるんでしょう。
…そんなお話をきかせてくださいました。
息子達と重ねて、
「なるほど!わかる気がする!」というところもあり
終始、おおらかに「大丈夫よ~」のスタンスで話してくださるので
「不登校でも大丈夫なんだ~」って
そのまま受け取りました。
あなたはどう感じましたか?
この方のお話が、あなたの「安心」や「大丈夫」のプラスに役立てたら嬉しいです✨


