へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -88ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

いろんな問題が起きるけど
気をつけなきゃならないね。


僕らはどんなに立派に生きようと思ってもズレる存在だって事をしらなければならない。
バイブルにはこんな言葉がある。

。。。。。。。。。。

1tim6:9 金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。

1tim6:10 金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。
。。。。。。。。。。


この曲を是非聴いてみてください。





僕らは、そんな強欲な人達によって搾取される時代に入ってきている。

勿論、
マスメディアは強欲な人達に雇われてるから
知ってても其処からくるお金によって簡単に自分の意志を放棄する。


例えば
ワクチンは故意に有害なものを入れてるにも拘らず。。




んで
この声を聞いてください。
お金に心を占領された人には、生身の僕達とのギャップは埋められないのかも。。




だから、
僕ら自身がしっかりとアンテナを張り
心奪われた組織の情報を見破り、大切な人達を守っていかなきゃならない。




僕らは
そんな世界に生きている。



極端に恐れることはないが、
真実をしろうとしなくちゃ、大切な人を守れないかもしれない。

人はズレる。。
気をつけて日々をすごしましょう。

こんばんわ~。
今日はいよいよ12月の第二週ですね。


クリスマスにむけての今日もワーシップタイム、早速おおくりしますね。




今日のテーマは「主をお迎えする」だって。
んじゃ、こんな箇所から。

。。。。。。。。。。

luk2:1★そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。

luk2:2 これは、クレニオがシリヤの総督であったときの最初の住民登録であった。

luk2:3 それで、人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った。

luk2:4 ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、

luk
2:5 身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。

luk2:6 ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、

luk2:7 男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。

luk2:8 さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。

luk2:9 すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。

luk2:10 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。

luk2:11★きょうダビデの町で
、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。

luk2:12 あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」

luk2:13 すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。

luk2:14 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
。。。。。。。。。。


人口調査って必要だったんやね。

ヨハネとマリヤはベツレヘムに行かなければならなかった。今日は150Kほどの道のりを歩む事になったそんな時の箇所。大変だったよね。。


やっとの思いでベツレヘムについた時にベツレヘムの宿泊施設はなんとマンパン。そりゃぁ人口調査でみんな同じ処へ集まるんやからね。
泊まるところがない、休む部屋もない状況。有ったのは家畜小屋だけ・・
(当時の家畜小屋は洞窟で、羊や牛でマンパンだったに違いないかな)

そんな中で神が人として生まれる事になった。



この子供が
あのバイブルの預言に記された救い主ジーザス。



この事が
まず誰に伝えられたんだろう。

此所に記されているのは 「 羊飼い 」 の方々。


大切な事は普通常識として
地位の高い方、立派だと認められる方に始めに伝えられるものやよね。



でも
神様は伝えたいって思って
伝えたい人に 「 羊飼い 」 を選んだ。




少し「羊飼い」について
。。。。。。。。

http://mokusou-in-kamakura.info/archives/447

当時の羊飼いは、社会的地位は低く、律法をしっかり守れない(例えば、食事の前に手を洗うことなど不可能だった)立場にあり、社会的にも宗教的にも貧しく、小さくされた人びとでした。そのような貧しい人びとが優先的に招かれたのです。
。。。。。。。。




なんか凄くな~ぃい!
ぬわぁーんと見下げられた人達を大切に大切にいつも思ってくれてるって事じゃない。


僕がキーとして
受けたのはこの二つの言葉。



ひとつは、
「貧しい者は幸い」だという事。


そりゃぁ貧しいよ。羊飼いは。
同じ街の中で暮らせないつま弾きな状況だったからね

この貧しいって云う意味は
「心砕かれた」モノって意味だからね。


砕かれてた筈やよね。
お金が無かったばかりか、その立場ゆえに人から見下げられ罵られた事があるに違いない。


僕らが今心砕かれたもの
歪んじゃってシンドい状況なら
僕らはそんな羊飼いと同じ状況に違いない。

神様はどこに関心をもってる?
もしかしたら、そんな僕たちかもね。



もうひとつは
「インマヌエル」という言葉。
。。。。。。。。。。


mat1:23  「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。《(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)(→イザヤ7:14★)
。。。。。。。。。。



これは、預言の言葉。
神様からの約束の言葉。



この約束の言葉は誰のモノだろう。
信じたクリスチャンのモノ?


違うんだよね~。之が。
勿論信じた人もそうなんだけど、
信じていない人達にも向かって語られてるもんね。



僕の大好きな言葉。

だって、いつも傍に居るよ~。って見えないけど神様がいつも居るからね~って事やもんね。



僕らは大丈夫。
どんなに孤独で辛い状況だっても。
歪んだ心のままでも、大丈夫!!



だって、僕らは
心砕かれたモノであり
インマヌエルって語られてる僕たちだから。



まだ
ジーザスを受け入れてない人には
今年素敵な出会いの時となりますように!


信じてる人には
更なる驚くばかりの恵みに平安に満たさ
れる時となりますように!


そう思わされてま~す。




ジーザスは2000年前に生まれられた。

でも、ジーザスは
もう一度来るからね~って語ってる箇所がある。それが此所。
。。。。。。。。


1tsl4:14 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

1tsl4:15 私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。

1tsl4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下っ
て来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

1tsl4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

1tsl4:18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。
。。。。。。。。


なんか不思議やよね。



だって
神様は僕らとずっとずっと一緒に居たいんだよ~って思ってるからだよね。


約束のジーザスは生まれ
全ての僕らのズレた罪の代価を完済し
もう一度来てくださる。

素敵ですね。




今週も
一人一人に素敵な出会いがありますように。。

おはようございます。


今日は11日。

んで、ソロモンさんの箴言は10章。

その中で僕が出会った言葉を。


。。。。。。。。。。


prv11:1  欺きのはかりは主に忌みきらわれる 。正しいおもりは主に喜ばれる。

prv11:2  高ぶりが来れば、恥もまた来る。知恵はへりくだる者 とともにある。

prv11:3  直ぐな人の誠実 は、その人を導き、裏切り者のよこしまは、その人を破滅させる。

prv11:4  財産は激しい怒りの日には役に立たない。しかし正義は人を死から救い出す。

prv11:5  潔白な人の道は、その正しさによって平らにされ、悪者は、その悪事によって倒れる。

prv11:6  直ぐな人は、その正しさによって救い出され、裏切り者は、自分の欲によって捕えられる。

。。。。。。。。。。




欺きのはかりは主(神)に忌み嫌われる。



はかりはちゃんとしなきゃ、その真実の重りが計れない。

ある時は軽く、ある時は重い計りなんて無茶苦茶だよね。


この世でも

何が正しい、何が悪いっていうはかりが間違ってしまえば

狂ってしまう。


今、もしかして狂ってる?

そりゃそうだ。僕らはいつでも狂った世界に支配されている。

(僕らはズレちゃう存在だからね。。)



それは、僕らが正しいはかりを知らないから。

知ろうとしないから。






もし、

今の世界のはかりがオカシイと思うのなら

まず、僕らがそのはかりを手にし、

そのはかりに従って生きてみることから始まるのかもしれない。


ソロモンさんのように。





今日も素敵な一日

正しいはかりを大切にしてみることが出来ますように。

いや~。

御免なさい。昨日は友人と青山通りのココスでゆっくりして

朝が起きられなくて・・・。



で、

今更ながら

今日は10日なので、ソロモンさんの箴言10章の中から

僕が出会った言葉を。


。。。。。。。。。。

 

prv10:8  心に知恵のある者は命令を受け入れる。むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。

prv10:9  まっすぐに歩む者の歩みは安全である。しかし自分の道を曲げる者は思い知らされる。

prv10:10  目くばせする者は人を痛め、むだ口をたたく愚か者は踏みつけられる。

prv10:11  正しい者の口はいのちの泉。悪者の口は暴虐 を隠す。

prv10:12  憎しみは争いをひき起こし、愛はすべてのそむきの罪をおおう。


。。。。。。。。。。


ここ

面白いでしょ。

無駄口をたたく愚か者は、踏みつけられるだって。。

自分の道を曲げるものは、思い知らされるだって。。


どう

思い知らされるんだろう。



でもね。

そうやそうやと思うことは


「正しい者の口はいのちの泉」って事。

「愛はすべてのそむきの罪を覆う」って事。






これって 本当だと思う。





どう?

気休めの言葉・・借り物の言葉・・

僕らはそんな言葉ではなんの慰めにもならない。



真実な愛のある言葉によってのみ

僕らの心の泉が湧き上がってくる。


厳しい言葉であっても

その言葉は僕らを包み、喜びへと導くはず。




なんか、そ~思いませんか?

そう思える人の声を聞きたいと思いませんか?




素敵な出会いができますように。

祈ってますね~。

おはようございます。



昨日はキツカッタ。。

帰って嫁様が子供を寝かすことになり、よ~し 遊ぶぞなんて思ってたのに・・・。

寝てしまった。起きたら5時。

残念。



でも、こうやって

僕の身体を休めることが必要だったに違いない。。



では、今日は9日なんで

ソロモンさんの箴言9章。今日は面白いから全文。


。。。。。。。。。。


prv9:1  知恵は自分の家を建て、七つの柱を据え、

prv9:2  いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物 をし、その食卓も整え、

prv9:3  小娘にことづけて、町の高い所で告げさせた。

prv9:4  「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい。」と。また、思慮に欠けた者に言う。

prv9:5  「わたしの食事を食べに来なさい。わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、

prv9:6  わきまえのないことを捨てて、生きなさい。悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい。」と。

prv9:7  あざける者 を戒める者は、自分が恥を受け、悪者を責める者は、自分が傷を受ける。

prv9:8  あざける者 を責めるな。おそらく、彼はあなたを憎むだろう。知恵のある者を責めよ。そうすれば、彼はあなたを愛するだろう。

prv9:9  知恵のある者に与えよ。彼はますます知恵を得よう。正しい者を教えよ。彼は理解を深め よう。

prv9:10  主を恐れることは知恵 の初め、聖なる方を知ることは悟りである。

prv9:11  わたしによって、あなたの日は多くなり、あなたのいのちの年は増すからだ。

prv9:12  もし、あなたが知恵を得れば、その知恵はあなたのものだ。もし、あなたがこれをあざけるなら、あなただけが、その責任を負うことになる。

prv9:13  愚かな女は、騒がしく、わきまえがなく、何も知らない。

prv9:14  彼女は自分の家の戸口にすわり、町の高い所にある座にすわり、

prv9:15  まっすぐに歩いて行く往来の人を招いて言う。

prv9:16  「わきまえのない者はだれでもここに来なさい。」と。また思慮に欠けた者に向かって、彼女は言う。

prv9:17  「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい。」と。

prv9:18  しかしその人は、そこに死者の霊がいることを、彼女の客がよみの深みにいることを、知らない。


。。。。。。。。。。


面白いよね。

僕は 「あざける者を責めるな。」 って箇所。


どうだろ。。ね。

「 悪者を責めるの者は、自分が傷を受ける。 」だって・・。



ぬ~!納得イカン!!

絶対に悪者はそのままのさばらせてはナラナイ!! ・・・ なんて。

僕は正義感からよくこの感情に振り回されたものです。



あくまで僕の理解ですが、

知恵を得よ。って事に尽きるのではないかな?って思うんです。




神様が僕らの幸せのために

「 悪事 」 「 悪者 」 に気付かせてくれたのなら、

その解決方法も必ず示してくださる。


そして

なにより

裁くのは神さま自身がされるという事だから。



そして、もうひとつ

そんな「 悪者 」「 悪事 」に染まってまうのは同じ人だ。

僕らは、そんなにも簡単にズレちゃう存在だってこと。


その人と同じ環境で育ち、

同じような言葉をいつも聞き、語ってたら・・・

僕らもそうなる可能性がある同じ人間だって事。



そんなことを考えてたら

神様はそんな悪事をする人にも改める機会を与えてはる。

なんか悪事を見るのは辛いけど・・

神様の深い愛には恐れ入る。


こんな適当に生きてた僕も待っててくれた。




どうだろ。。ね。

「 悪者を責めるの者は、自分が傷を受ける。 」だって・・。


優しさが伝わってきませんか~。




では、

今日もいろんな不条理なことが起きるとは思いますが

優しい神様の傍で「 知恵 」を得て

一歩一歩歩めますように。



行ってきま~す。