へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -65ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

Uきゃー!!


今日は先週の続きで、エグい事になってしまった。あの子達が殺される事になったからだ~。
エライコッチャ!!




って事で、今日も勝手にワーシップタイムをおおくりしますね。



今日から、嫁さんの忠告に従ってめちゃ短めに単刀直入を心がけてやりますね。

日頃から忍耐して下さった方有難うございました。



その前に少しあらすじを。

イスラエルが、あのバビロンに破れ、捕囚の民の中で14.15位の王に仕えるために選ばれた賢い男の子達がいた。王様の計らいで、料理も高級なモノが用意されたにも関わらず、心を身体を管理する事を優先し野菜中心の食生活をしたこの神様が選んだ子達は、他の選ばれた子達よりも数段賢くなった。。



先週はその子達に死が迫って来た。それは、知者だと思ってた博士や学者、占い師に悩みを知り解決せよと云う王様に答える事ができなかった為に知者を全員殺せと命じられたからだ。
知者も何も王様を支える事が出来ないと知ったからだ。





・・・今日はその続き。


イスラエル捕囚の選ばれた子達はイスラエルの神を心から愛し礼拝ていたがれ、バビロンの神を拝まなきゃ殺しちゃうからネと云われてしまった。



で、
その答えがコレ。
。。。。。。。。。。

シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはネブカデネザル王に言った。
「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

。。。。。。。。。。





おー 怖わ!

よーそんな言葉言うよね。
ホンマに、、殺されちゃう~。




デモネ、
ハッピーエンドで終わる事になるから、一番下に今日の箇所を載せてるから見てね。



で。。
今日のテーマはコレ。
。。。。。。。。。。

mar8:35 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。
mar8:36 人は、たとい全世界を得ても、いのちを じたら、何の得がありましょう。

。。。。。。。。。。



かなり、宗教っぽいけど、
要するに神様から僕ら一人一人に対する愛の事実を知りさえすれば、本当に何に対しても恐れがなくなるばかりではなく、圧倒的な勝利を常に体感できる様になる。

今日はこう思える真実を知ろうと云う事。


この下の記事はそんな意味。
ホンマに真実を知れば、恐れはなくなるみたいやよ。

。。。。。。。。。。


rom8:35★私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
rom8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。
rom8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
rom8:38★私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
rom8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。
。。。。。。。。。。



僕らはどうかな?
不安の多い世の中で、いろんな者に巻き込まれてるだろうけど、何を見て過ごしてますか?



僕らは、いつも通りそんな中で世の中に揉まれて生活も当然しても構わない。
でも、僕らへの神様の愛の体験を求める事も出来る。



どちらとも僕らの目の前におかれている。
僕らはそれを祈り求める事が出来る。




ダニエルさんの無敵な体験を一緒もとめてみませんかぁ。


では、
今週もいろんな事があるでしょうが、一緒に踏ん張っていきましょうね~。

ダニエルさんの体験を祈りも止めつつ。 ね。






本文はココカラ。
。。。。。。。。。。

dan3:13 そこでネブカデネザルは怒りたけり、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来いと命じた。それでこの人たちは王の前に連れて来られた。


dan3:14 ネブカデネザルは彼らに言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。あなたがたは私の神々に仕えず、また私が立てた金の像を拝みもしないというが、ほんとうか。


dan3:15 もしあなたがたが、角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞くときに、ひれ伏して、私が造った像を拝むなら、それでよし。しかし、もし拝まないなら、あなたがたはただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる。どの神が、私の手からあなたがたを救い出せよう。」


dan3:16 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはネブカデネザル王に言った。「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。


dan3:17 もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。


dan3:18 しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」


dan3:19 すると、ネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴに対する顔つきが変わった。彼は炉を普通より七 熱くせよと命じた。


dan3:20 また彼の軍隊の中の力強い者たちに、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを縛って、火の燃える炉に投げ込めと命じた。


dan3:21 そこで、この人たちは、上着や下着やかぶり物の衣 を着たまま縛られて、火の燃える炉の中に投げ込まれた。


dan3:22 王の命令がきびしく、炉がはなはだ熱かったので、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴを連れて来た者たちは、その火炎に焼き殺された。


dan3:23 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの三人は、縛られたままで、火の燃える炉の中に落ち込んだ。


dan3:24 そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に答えて言った。「王さま。そのとおりでございます。」


dan3:25 すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」


dan3:26 それから、ネブカデネザルは火の燃える炉の口に近づいて言った。「シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。いと高き神のしもべたち。すぐ出て来なさい。」そこで、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは火の中から出て来た。


dan3:27 太守、長官、総督、王の顧問たちが集まり、この人たちを見たが、火は彼らのからだにはききめがなく、その頭の毛も焦げず、上着も以前と変わらず、火のにおいもしなかった。


dan3:28 ネブカデネザルは言った。「ほむべきかな、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神。神は御使いを送って、王の命令にそむき、自分たちのからだを差し出しても、神に信頼し、自分たちの神のほかはどんな神にも仕えず、また拝まないこのしもべたちを救われた。


dan3:29 それゆえ、私は命令する。諸民、諸国、諸国語の者のうち、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴの神を侮る者はだれでも、その手足は切り離され、その家をごみの山とさせる。このように救い出すことのできる神は、ほかにないからだ。」


dan3:30 それから王は、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴをバビロン州で栄えさせた。

。。。。。。。。。。

おはようございます。

相変わらず寒い・・・。

昨日は子供を寝かす当番だったので一緒に寝かそうとしたら、寝てもうた。

疲れていないように思えても、意外と疲れているもんだ。


さあ、今日は19日。

ダビデさんの詩篇も19編。イッチョいってやりやしょう。

。。。。。。。。。。

 


【詩篇19篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm19:1  天は 神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざ を告げ知らせる。

psm19:2  昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。

psm19:3  話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。

psm19:4  しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。

psm19:5  太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。

psm19:6  その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を、免れるものは何もない。

psm19:7  主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。

psm19:8  主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。

psm19:9  主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない 。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。

psm19:10  それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。

psm19:11  また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。

psm19:12  だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

psm19:13  あなたのしもべを、傲慢の罪から 守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者 となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

psm19:14  私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。


 

。。。。。。。。。。



今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm19:12  だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

psm19:13  あなたのしもべを、傲慢の罪から 守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者 となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

psm19:14  私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。



今日はね。つたない言葉になりますが

少し賛美について説明してみますね。。


今日はね。全文色を塗っちゃったんで、赤じゃない色の部分の説明。

実はこれが賛美。

・・・こんな文章は至るところに溢れている。

そもそも、賛美って言うのは、なんかというと神様の素晴らしさを告白する事。

要するに、神様ってどんな方っていう事実を言葉にする事なだけ。



僕はよく混同してたのは、賛美歌ってあるけど

それを歌にしたのが賛美歌であって、賛美自体にはメロディーは無くて良いものなんだよね。


ダビデさんはこのように神様の事を自分で理解していた。

僕らは、どう理解している?


賛美ってそれぞれに神様の知り方が違うから

それを口にする言葉も十人十色。


ある人は、全知全能の偉大なお方・・・なんていうかも知れないし

ある人は、こんな小さなものにも目を留められる心砕かれた方だと云うかもしれない。



なんでもイイ。

思うままで大丈夫。




神様を

知りえた範囲で言葉にしてみよう。




それが賛美。

それが、信じるものに与えられた特権。




この特権で僕らは神様の領域に踏み入る事が出来る。

『感謝をもってその門に。賛美を持ってその大庭に入れ。』 だ。




僕らは現実を目に見えるものだと思っているけど

それ以上に、見えない世界にこそ真実があるって事が解ってくる。


それは、神様は見えない世界

何にも囚われることの無い世界から全てを創られたから。。ね。






では、この言葉はなんだろう?

psm19:12  だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

psm19:13  あなたのしもべを、傲慢の罪から 守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者 となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

psm19:14  私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。




これはね、、、宗教っぽく見えるよね。

これは、その賛美がもたらすものを体験してなけりゃ・・ね。



神様の領域での心の満たしを体験しちゃったら

何をさておいても、そこが一番留まりたい場所になってしまう。


それが、罪という 「サタンの囁きに従うズレ」 を受け入れる事ができなくなる。

そして、意識しないでも僕らはズレちゃう肉体を持ってる事を知ってた。

だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。


僕らはいつの間にかズレちゃう性質がある。

全て知ってるなんて思える心への囁きも、実はサタンの囁き。

それが傲慢。

サタンっ傲慢だから、そんな性質に気付いたとき其処から離れる事も出来るね。



ダビデさんは、

それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者 となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。



サタンの支配の無い処は

神様の支配がある。

私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。


ね。

ダビデさんはただ神様の処に留まりたいだけって思えませんか?


宗教っぽい言葉ではこれが

神の国を第一に求めるって事。神を愛するって事。



ダビデさんを見てたら、解ると思うけど

実は神様が最初に愛してくれてると体験してるからなんやよね。

相思相愛やよね~。





忘れてはならない事。

それはこのダビデさんと神様との相思相愛のように

僕らと神様との関係もそうなんだって事。

神様は僕らを愛してる。だから、特権の賛美を体験してみませんか?



神様の領域。

目に見えない領域だけど、素敵な領域。

ダビデさんと一緒に口ずさんで、素敵な体験をしていきましょうね。




今週も素敵がイッパイな筈。

隠された素敵を捜しに出かけましょう~。。





補足:


感謝はちまたでも云われている。

感謝をすれば道が開かれる。なんて本も多く出ている。

でも、多くの信じている人も感謝の体験くらいしかしていないのかもしれないと思える。

何故か?

それは、その賛美の体験をされた方が少なく

その特権の体験を語り告げられる事が無いからだと思われる。



僕もこの体験をしたのは独りだった。

それは、賛美ってなんやら凄い特権だって気付かされて

必死に数少ない賛美に関する本を読み漁り

そこに記されていた小さな事を口ずさんだ結果だ。


僕が凄いわけではない。

僕は生きる意味を求めるほどに自分に失望し死にたがっていたから。

なるほど、貧しいものは幸いだとジーザスが云われた事はこういう事かと思い出された。

おはようございます。


昨日はね。

お久しぶりの友人知人2人にあった素敵な日だった。

一人は一年ぶり、もう一人は10年以上ぶり。。

10年以上ぶりの方は、フェイスブックで。

色々と考え方はあるけど、今与えられているネット環境に感謝です。


では

メチャ寒い今日もいきましょう。

ダビデさんの詩篇18編。


・・・今日は長い。でも踏ん張りましょうね。

。。。。。。。。。。


【詩篇18篇】o19  指揮者のために。主のしもべダビデによる。

主が、彼のすべての敵の手、特にサウルの手から彼を救い出された日に、この歌のことばを主に歌った


psm18:1  彼はこう言った。主、わが力。私は、あなたを慕います

psm18:2  主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。

psm18:3  ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、私は、敵から救われる。

psm18:4  死の綱は私を取り巻き、滅びの川は、私を恐れさせた。

psm18:5  よみの綱は私を取り囲み、死のわなは私に立ち向かった。

psm18:6  私は苦しみの中に主を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。

psm18:7  すると、地はゆるぎ、動いた。また、山々の基も震え、揺れた。主がお怒りになったのだ。

psm18:8  煙は鼻から立ち上り、その口から出る火はむさぼり食い、炭火は主から燃え上がった

psm18:9  主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下 にして。

psm18:10  主は、ケルブに乗って飛び、風の翼に乗って飛びかけられた。

psm18:11  主はやみを隠れ家として、回りに置かれた。その仮庵は雨雲の暗やみ、濃い雲。

psm18:12  御前の輝きから、密雲を突き抜けて来たもの。それは雹と火の炭。

psm18:13  主は天に雷鳴 を響かせ、いと高き方は御声を発せられた。雹、そして、火の炭。

psm18:14  主は、矢を放って彼らを散らし、すさまじいいなずまで彼らをかき乱された。

psm18:15  こうして、水の底が現われ、地の基があらわにされた。主よ。あなたのとがめ、あなたの鼻の荒いいぶきで。

psm18:16  主は、いと高き所から御手を伸べて私を捕え、私を大水から引き上げられた。

psm18:17  主は私の強い敵と、私を憎む者とから私を救い出された。彼らは私より強かったから。

psm18:18  彼らは私のわざわいの日に私に立ち向かった。だが、主は私のささえであった。

psm18:19  主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。

psm18:20  主は私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさにしたがって私に償いをされた。

psm18:21  私は主の道を守り、私の神に対して 悪を行なわなかった。

psm18:22  主のすべてのさばきは私の前にあり、主のおきてを私は遠ざけなかった。

psm18:23  私は主の前に全く、私の罪から身を守る

psm18:24  主は、私の義にしたがって、また、御目の前の私の手のきよさにしたがって私に償いをされた。

psm18:25  あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者 には、全くあられ、

psm18:26  きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。

psm18:27 あなたは、悩む民をこそ救われますが、高ぶる目は低くされます。

psm18:28 あなたは私のともしびをともされ、主、私の神は、私のやみを照らされます。

psm18:29  あなたによって私は軍勢に襲いかかり、私の神によって私は城壁を飛び越えます

psm18:30   神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の

psm18:31  まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。

psm18:32  この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。

psm18:33  彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。

psm18:34  戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。

psm18:35  こうしてあなたは、御救いの盾を私に下さいました。あなたの右の手は私をささえ、あなたの謙遜は、私を大きくされます。

psm18:36  あなたは私を大またで歩かせます。私のくるぶしはよろけませんでした。

psm18:37  私は、敵を追って、これに追いつき、絶ち滅ぼすまでは引き返しませんでした。

psm18:38  私が彼らを打ち砕いたため、彼らは立つことができず、私の足もとに倒れました。

psm18:39  あなたは、戦いのために、私に力を帯びさせ、私に立ち向かう者を私のもとにひれ伏させました。

psm18:40  また、敵が私に背を見せるようにされたので、私は私を憎む者を滅ぼしました。

psm18:41  彼らが叫んでも、救う者はなかった。主に叫んでも、答えはなかった。

psm18:42  私は、彼らを風の前のちりのように、打ち砕き、道のどろのように除き去った。

psm18:43  あなたは、民の争いから、私を助け出し、私を国々のかしらに任ぜられました。私の知らなかった民が私に仕えます。

psm18:44  彼らは、耳で聞くとすぐ、私の言うことを聞き入れます。外国人らは、私におもねります。

psm18:45  外国人らはしなえて、彼らのとりでから震えて出て来ます。

psm18:46  主は生きておられる 。ほむべきかな。わが岩。あがむべきかな。わが救いの神。

psm18:47  この神は私のために 、復讐する方。神は諸国の民を私のもとに従わせてくださる。

psm18:48  神は、私の敵から私を助け出される方。まことに、あなたは私に立ち向かう者から私を引き上げ、暴虐の者 から私を救い出されます。

psm18:49  それゆえ、主よ。私は、国々の中であなたをほめたたえ、あなたの御名を、ほめ歌います。

psm18:50  主は、王に救いを増し加え、油そそがれた者 、ダビデとそのすえに、とこしえに恵みを施されます。


。。。。。。。。。。


今日僕の心に留まった言葉はこれ。

psm18:2  主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。



なんだこの言葉。

少し様子をみてみましょうね。

先ず、僕が大切だと思っているのはココ。

psm18:9  主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下 にして。




結局、ココを知らなければ僕は平安にたどり着けることは無かった。

それは、全てを支配されている神様が居られるという事。

ダビデさんはココで、かなり鮮明に自分の目に映る神様の偉大さを描いている。


僕らは、どれだけ鮮明に偉大さを描けるだろうか?

当然、全てのものに支配されない神様を形に当てはめるってのは・・・って思うけど

ダビデさんが描いたのは、誰にも負けることの無い無敵の神様像。

そして、その神様が僕の味方だっていう事のイメージ。



こんな言葉からも解るよね。

神様は弱く、貧しいものの味方だ。

psm18:27 あなたは、悩む民をこそ救われますが、高ぶる目は低くされます。




僕がダビデさんを見習うのはココ。

どんなに酷い状態のときにも、このイメージで言葉にして告白された事。

思いを言葉に発するのは、感情が逆らったときなんか、出来ないよね。

でも、ダビデさんはその感情にも支配されない。

psm18:48  神は、私の敵から私を助け出される方。まことに、あなたは私に立ち向かう者から私を引き上げ、暴虐の者 から私を救い出されます。

psm18:49  それゆえ、主よ。私は、国々の中であなたをほめたたえ、あなたの御名を、ほめ歌います。

psm18:50  主は、王に救いを増し加え、油そそがれた者 、ダビデとそのすえに、とこしえに恵みを施されます。



当然といえば、当然なのかもしれない。

酷い状態がドンだけ続こうが、

神様はいないと思える状態があったとしても、神様が無くなる訳じゃない。


ただ、

サタンが神様との間に立って、存在が無いかのように思わせているに過ぎないからね。


どんだけ暗い嵐の中でも

その雲を超えると太陽はいつでもそこに輝いている。




当然といえば、当然・・・。

感情に囚われないようにすれば・・・ね。



意識をしてると出来るようになる。

感情は制限された肉体によって生み出されるもの。

でも

それは 「 事実 」 とは、また違うものの事が多い。

僕らが知らなければならないのは 本当の事実。




全能の神様が圧倒的な力をまとい

僕らを愛して

必ず助けてくれるっていう事実。



だから、ダビデさんはこう告白した。

主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。


僕らもダビデさんと一緒に告白しませんか?

たとえ、感情が逆らったときでも・・・。。





では、今日も素敵がイッパイな一日の筈。

一緒に隠された素敵を捜しに出かけましょう~。





。。。。。。。。。。

 

【詩篇17篇】o19  ダビデの祈り


psm1:1  主よ。聞いてください、正しい訴えを。耳に留めてください、私の叫びを。耳に入れてください、欺きのくちびるからでない私の祈りを。

psm1:2  私のためのさばきが御前から出て、公正に御目が注がれますように。

psm1:3  あなたは私の心を調べ、夜、私を問いただされました。あなたは私をためされましたが、何も見つけ出されません。私は、口のあやまちをしまいと心がけました。

psm1:4  人としての行ないについては、あなたのくちびるのことばによりました。私は無法な者の道を避けました。

psm1:5  私の歩みは、あなたの道を堅く守り、私の足はよろけませんでした。

psm1:6  神よ。私はあなたを呼び求めました。あなたは私に答えてくださるからです。耳を傾けて、私の申し上げることを聞いてください。

psm1:7  あなたの奇しい恵みをお示しください。立ち向かう者から身を避けて右の手に来る者を救う方。

psm1:8  私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください。

psm1:9  私を襲う悪者から。私を取り巻く貪欲な敵から。

psm1:10  彼らは、鈊い心を堅く閉ざし、その口をもって高慢に語ります。

psm1:11  彼らは、あとをつけて来て、今、私たちを取り囲みました。彼らは目をすえて、私たちを地に投げ倒そうとしています。

psm1:12  彼は、あたかも、引き裂こうとねらっている獅子、待ち伏せしている若い獅子のようです。

psm1:13  主よ。立ち上がってください。彼に立ち向かい、彼を打ちのめしてください。あなたの剣で、悪者から私のたましいを助け出してください。

psm1:14  主よ。人々から、あなたの御手で。相続分がこの世のいのちであるこの世の人々から。彼らの腹は、あなたの宝で満たされ、彼らは、子どもらに満ち足り、その豊かさを、その幼子らに残します。

psm1:15  しかし、私は、正しい訴えで、御顔を仰ぎ見 、目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。



。。。。。。。。。。


今日、僕の心に留まった言葉はコレ。

psm1:1  主よ。聞いてください、正しい訴えを。耳に留めてください、私の叫びを。耳に入れてください、欺きのくちびるからでない私の祈りを。


神様を信じたからといって、誰もが問題がなくなるわけではない。ってことをしらなければならない。

失望しちゃうからね。。

これは、何を意味しているのかというと、今は本当にサタンの支配下にあるっていう事。

僕らは、そんなサタンの下にある。ホンマは嫌だよね・・・。

僕も嫌で嫌で仕方が無い。




でも、ここでダビデさんの声に耳を傾けて欲しい。

こんな事を云っている。


あなたは私に答えてくださるからです。

 




不思議。

そんなムチャクチャな状態の中で放置されているかのように思える中で

モノに捕らわれることの無い見えない神様の支えを信じてこんな言葉がいえるなんて。。


ここが、

バイブルを信じてる人が味わう事の出来る特権。


『 見えないものを信じる。 』


コレを味わう事が出来たら、結構無敵になっちゃうんだ。




こんな言葉が支えてくれる。


「 信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである 」

(口語訳 ヘブル11:1)


因みに新改訳では少し真実がボカサレテイル。(解りづらいかも)

「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」

(それは、この著作権が偽ユダヤ人にあるから・・・。またこの件は次の機会に)



「 まだ見ていない事実 」??なんじゃこれ?である。

実は神様がどんな方であるかを知らなければこの事実は解りえない。

簡単にこの場だけを説明すると


まだ僕らにはきていない将来という時を、神様は今という時として過ごしているってこと。

?????

ん・・・ ま~ 神様は全てを創られたから、時間をも創られた方で時を越えて事実を知ってるって事。

バイブルを読む人は不思議ばかりやね・・・。




でも、そういうことなんだ。

だから、ダビデさんも「 まだ見ていない事実 」を知識では知りえないけど信じることが出来た。

じゃなきゃ、云えないよね。


あなたは私に答えてくださるからです。



いいね~

最後にこんな言葉も。

psm1:15  しかし、私は、正しい訴えで、御顔を仰ぎ見 、目ざめるとき、あなたの御姿に満ち足りるでしょう。





何故なんだろう?

それは、僕らは神様の子供だからだ・・・っていう確信がなきゃ云えない。



こんな関係すてきだよね。

実は僕らもダビデさんと同じ、神様の子供。


僕らも大変な環境を過ごすし、ホンマに酷い時期もあるに違いない。

でも、いつも変わらず僕らは愛されている神様の子供。



だから、今日も

こんな言葉を口ずさんでみませんか?





今日一日も素敵がイッパイな筈。

では、今日も隠された素敵を一緒に捜しに出かけましょうね。


(小さな希望を持てば、見えてくる筈だから、ね。)

おはようございます。


昨日はPCの前で眠たくなっちゃって寝ちゃった。

折角、色々読みたいものもあったのに。

ま~そんな事もありますね。


では、今日は16日。

早速、ダビデさんの詩篇16編を。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇16篇】o19  ダビデのミクタム


psm16:1  神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。

psm16:2  私は、主に申し上げました。「あなたこそ、私の主。私の幸いは、あなたのほかにはありません。」

psm16:3  地にある聖徒たちには威厳があり、私の喜びはすべて、彼らの中にあります。

psm16:4  ほかの神へ走った者の痛みは増し加わり ましょう。私は、彼らの注ぐ血の酒を注がず、その名を口に唱えません。

psm16:5  主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは、私の受ける分を、堅く保っていてくださいます。

psm16:6  測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。

psm16:7  私は助言を下さった主をほめたたえる。まことに、夜になると、私の心が私に教える。

psm16:8  私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。

psm16:9  それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まおう。

psm16:10  まことに、あなたは、私のたましいをよみ に捨ておかず、あなたの聖徒に墓の穴 をお見せにはなりません。

psm16:11  あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります。


。。。。。。。。。。



今日、僕の心に留まったのはこんな言葉。

測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。



少し考えてみて・・・。

なんかこの文章可笑しくない?



それは最初にこんな言葉があるのに何故?

psm16:1  神よ。私をお守りください。私は、あなたに身を避けます。



確かにここに記されているのは、ダビデさんが大変な状況での言葉じゃない・・・?



ダビデさんが本当に素晴らしいのは

この『 賛美 』『 感謝 』を会得してたから。


未だ見ぬ状況で、こうやって神様を賛美し、感謝できる。

それが、この世での引き寄せってところに繋がってくる。



測り綱は、私の好む所に落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。


ここでの言葉なんか

測り綱って確か・・・くじみたいに綱を投げたところの土地を得るという相続の風習があった。

投げるんだから、どこにあたるか解らない・・・のに。。



でもね

神様は必ず僕を愛しているし、最善以外のことをされない!!

っと信じた言葉から出たんじゃって思うよね。


「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト ・イエスにあって守るであろう。」


こんなひとつひとつの言葉を自分のモノとしていた。

この言葉が真実だと信じることが出来たのは、『 もしかしたら・・・そうかも。 』って気持ちがあればこそ。



僕らも先ずはそんな

『 もしかしたら・・・そうかも。 』って気持ちで一歩踏み出してみませんか?





もしかしたら・・・

ホンマに神様を僕らは体験できる。



もしかしたら・・・

ダビデさんの様に 感情を超えて、感謝や賛美を得る事が出来るかも。



もしかしたら・・・

は、バイブルによれば、僕らのものになる。




今日も小さな一歩。。。


今日もきっと素敵な一日。

隠された素敵を捜しに一緒に出かけましょうね。


では!