おはようございます。
元気そうで実は家族で身体が一番弱いユテコです。
風邪薬は飲んでるのに完治しませんわw。
ホンマ・・・なんでしょね。
今日は24日。
ダビデさんの詩篇は24編。今日も感情を超えて踏ん張りましょうね~。
。。。。。。。。。。
【詩篇24篇】o19 ダビデの賛歌
psm24:1 地とそれに満ちているもの、世界とその中に住むものは主のもの である。
psm24:2 まことに主は、海に地の基を 据え、また、もろもろの川の上に、それを築き上げられた。
psm24:3 だれが、主の山に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。
psm24:4 手がきよく、心がきよらかな者、そのたましいをむなしいこと に向けず、欺き誓わなかった人。
psm24:5 その人は主から祝福を受け 、その救いの神から義を受ける。
psm24:6 これこそ、神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求め る人々、ヤコブである。セラ
psm24:7 門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王がはいって来られる。
psm24:8 栄光の王とは、だれか。強く、力ある主。戦いに力ある主。
psm24:9 門よ。おまえたちのかしらを上げよ。永遠の戸よ。上がれ。栄光の王がはいって来られる。
psm24:10 その栄光の王とはだれか。万軍の主。これぞ、栄光の王。セラ
。。。。。。。。。。
僕の心に留まったのはこの言葉。
psm24:3 だれが、主の山に登りえようか。だれが、その聖なる所に立ちえようか。
psm24:4 手がきよく、心がきよらかな者、そのたましいをむなしいこと に向けず、欺き誓わなかった人。
ん。。。俺は無理。
そ~思うでしょ。だって、きよいなんて思えるようなモノ等何処にも無いし。。
虚しい事にしか感心がないような人間だからね。
宗教だったら、ホンマにそういうことになるだろう。
でもね。
そんなんじゃなかったりする。。
ダビデさんはホンマに凄い人だと思う。でも、神様はそんな凄い人だけを愛する方じゃない。
ん。。。たら、どういう意味やねん。
次の言葉は、神様が用意した愛の形。
『
psm24:5 その人は主から祝福を受け 、その救いの神から義を受ける。
psm24:6 これこそ、神を求める者の一族、あなたの御顔を慕い求め る人々、ヤコブである。セラ
』
実は、これ不思議なんだけど
神様は義を与えられるに相応しない人達にも義を与えたいと思われた。
・・・・・?
それはヤコブの一族にだって。
ヤコブの一族とは、信仰の一族を意味する。
それは、神様を信じる人の一族。って事。だから、全ての人だって事。
でも、俺そのものはダビデさんの様に出来る人間じゃね~から・・・。
なんて僕は直ぐに愚痴ってしまうけど、そこにも神さまが用意した事がある。
例え、僕らがどんなに不完全で社会から見て迷惑な存在であっても
例え、義って言葉にも触れる事の出来ないズレの酷いサタンの言葉に従ってる人間でも
その全てのズレの罰を身代わりに受けて、
僕らがまったくズレを犯したことの無いように、真っ白にしてくれた方が居られる。
それが、ジーザスだ。
僕らは、ジーザスが僕らの身代わりに死んで僕らは義とされる神様の計画を信じること。
その神様からの約束を信じる一族。それがヤコブの一族。
ジーザスの身代わりの死により、義となるという神様の約束を信じること。
神様は僕らにダビデさんと同じように祝福を与えたいと願ってる。
こんな僕でも。。。
だから、こんな僕でも、ダビデさんの賛美を口ずさむと
神様の領域にある圧倒的な平安に満たされる事もできる。
どんな人でも。
大丈夫。
今日もいろんな事があるでしょう。
でもね。信じてみませんか?神様が一日を僕らに用意されてるって。
だったら、今日一日は素敵をイッパイ用意されているに違いない。
サタンに隠された素敵を捜しに今日も一緒に出かけましょうね。
では。