へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -26ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

おはようございます。


水泳男子リレーもサッカーも中々ワクワクさせて貰えましたね。

では、早速ですが、勝手にワーシップタイムをおおくりします。



今日のテーマは孤独。
サラリーマンの事かな?男性50.2%は一人でご飯を食べてるってデータがあったらしい。どこでも普通に孤独はある。



皆さんは孤独ですか?
そんな質問をされた。



何故人は、人との関わりに困難を覚え孤独を感じて過ごすのでしょうか?


人の孤独とは創世記3章から始まったのではという事だ。そこには、神様の言葉よりもサタンの言葉を信じて、永遠のいのちが失われた事が記されてる箇所だ。

人はサタンの声を選択した事で、父なる神を避けるようになった。
それは、サタンの言葉を神様の言葉よりも優先して従
ったから。(それはサタンを自分の主人とする事を意味する)素敵な神様との関係がぶち壊れた瞬間だ。


神様との関係を壊した人は、自分自身をも受け入れる事ができなくなり、孤独を感じるようになっていった。


僕ら人には本来孤独はなかった。
三位一体の神様の様に。お互いがお互いを知り共に支え合うように。




歴史上
誰が一番孤独だ
ったろうか?



それは
ジーザスかもしれない。


寝食を共にしてた弟子にも裏切られ、自分のモノでない罪の為に、多くの人に罵られつつ、十字架で死なれた。
ジーザスは人の身代わりになる為に、罪を負われた。が故に、神様との関係の断絶を経験しなければならなかった。死なれた時、肺に血と水が分離してたまっていたというほどに悩み、人が初め
にあった神様との親しい関係を取り戻す為に、ジーザスは孤独を味わわれた。


何故か?
・・・・・・・・・・

jhn3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
・・・・・・・・・・

本気で僕やあなたを愛して。って事。



でも
永遠の命っていったい何??


・・・・・・・・・・

jhn17:3 その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。
・・・・・・・・・・


此処での「知ること」とは、
通常の知るというよりも更に深く知るとのこと。
神様の計画を知り信じることで、僕らは
関係を取り戻すという事とも云えるかも知れませんね。



ジーザスが来られた理由は
他にどんな理由があっただろうか?
・・・・・・・・・・

jhn10:10 盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
・・・・・・・・・・


いのちを得て

それを豊かにもつ為。。



僕らはホンマに
豊かさをもってるだろうか?


もっていなければ、
ジーザスに近づく必要があるのかも知れませんね。
僕らはいつも傍におられる神様に近づく事が出来る。



神様の約束は絶対なんだから。
・・・・・・・・・・

わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。
・・・・・・・
・・・


大丈夫!!
僕らを決して一人にしない、本気で愛されてる神様が誰よりも近くに居てくれてる。


孤独を感じる時、
感情が背いても是非神様の言葉を見つめてみませんか?それを選んで言葉を発する時、神様に愛されている圧倒的な平安の世界を体感するでしょうから。


僕らは決して孤独じゃない!!


今週も素敵な一週間となりま
すように!!


今日の詩編は此処。
悩む者の祈り。
。。。。。。。。。

psm102:5 私の嘆く声で私の骨と皮はくっついてしまいました。

psm102:6 私は荒野のペリカンのようになり、廃墟のふくろうのようになっています。

psm102:7 私はやせ衰えて、屋根の上のひとりぼっちの鳥のようになりました。
。。。。。。。。。。


返信 転送

。。。。。。。。。。

 

【詩篇21篇  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm21:1  主よ。王はあなたの御力 を、喜びましょう。あなたの御救いをどんなに楽しむことでしょう。

psm21:2  あなたは彼の心の願いをかなえ、彼のくちびるの願いを、退けられません。セラ

psm21:3  あなたは彼を迎えてすばらしい祝福を与え、彼のかしらに純金の冠を置かれます。

psm21:4  彼はあなたに、いのちを請い求めました。あなたは彼に、とこしえまでの長い日々を与えられました。

psm21:5  御救いによって彼の栄光は、大きい。あなたは、尊厳と威光を彼の上に置かれます。

psm21:6 あなたは、とこしえに彼を祝福し、御前の喜びで彼を楽しませてくださいます。

psm21:7  まことに、王は主に信頼し、いと高き方の恵みによってゆるがないでしょう。

psm21:8  あなたの手は、あなたのすべての敵 を見つけ出し、あなたの右の手は、あなたを憎む者どもを見つけ出します。

psm21:9  あなたの御怒りのとき、彼らを、燃える炉のようにされましょう。主は御怒りによって彼らをのみ尽くし、火は彼らを食い尽くすでしょう。

psm21:10  あなたは、地の上から、彼らのすえを滅ぼされましょう。また、人の子らの中から、彼らの子孫をも。

psm21:11  彼らが、あなたに対して悪を企て、たくらみを設けたとしても、彼らには、できません。

psm21:12  あなたは彼らが背を見せるようにし、弓弦を張って彼らの顔をねらわれるでしょう。

psm21:13  主よ。御力のゆえに、あなたがあがめられますように。私たちは歌い、あなたの威力をほめ歌います。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

今日はお休みですが、お仕事です。

明後日も。

与えられたお仕事を喜べない僕が居ますが

感情に勝った意志を持って喜んで行ってきま~す。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まった言葉はコレ。

psm21:1  主よ。王はあなたの御力 を、喜びましょう。あなたの御救いをどんなに楽しむことでしょう。

psm21:2  あなたは彼の心の願いをかなえ、彼のくちびるの願いを、退けられません。セラ

psm21:3  あなたは彼を迎えてすばらしい祝福を与え、彼のかしらに純金の冠を置かれます。





何故、ダビデさんはこんな言葉を発せれたのでしょう?


何故?






神様に求めたモノは、誰もが与えられるという確信があったから?

だって、その後に続く言葉は問題が全くなくなった訳ではないようだもんね。

psm21:8  あなたの手は、あなたのすべての敵 を見つけ出し、あなたの右の手は、あなたを憎む者どもを見つけ出します。





そんな確信

僕ら一人一人にもあったら、どんなに楽しいことか・・。




でもね。

そのダビデさんに与えられた確信は、僕らのモノとして神様は用意されている。





サタンを主(あるじ)としないで

神様を主(あるじ)とすることで。。



それは、信じた言葉を発することから始まるのかもしれない。





オリンピックで戦いが繰りひろげられてるけど

負けるかも・・・なんて思いに従って、その言葉を発して戦いに望んでる人は居ない。


感情が身体を支配することを知っているからだ。

だから、負けるかも・・・って感情を選手は打ち負かして、最後の最後まで力を使う事が出来る。






僕らはどんな言葉を発している?

僕らは信じるものによって、支配されていくモノ。




それは、例え感情が自分の意志に背いていたとしても、全く関係ない。

自分の意志は何を選択しているのか・・・それだけかも知れないね。





自分がどんなに惨めで貧しく見えていても

僕ら自身の実際はどんなだろう?


『 わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している。 』




神様は僕ら一人一人を高価に創られた。

そして何よりもあなたを僕を愛する存在として生かされている。




サタンの囁きが聞こえてるでしょう。

「お前はダメ・・迷惑ばかり・・何の為に生きてる?」


僕らはそんな言葉に思いを同じにして、従う必要は無い!!

そんな出鱈目な言葉を信じないで・・

ジーザスが死んでまで愛してくれている現実を僕らはもう無視しなくていい。




大丈夫。


負けないで、僕らは自分の意志で信じることが出来るんだから。



絶対~大丈夫!!







僕らのあるじ(主)は、僕らを創って支えられてる神様なんだから。


この事実を忘れないで。





大丈夫。


心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?



僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


a-men.




・・・・・・・・・・

詩21篇「迎える」 קָדַם カーダム

〔カテゴリー愛顧〕

3節「あなたは彼を迎えてすばらしい祝福を与え、彼の頭に純金の冠を置かれます。」
3節「あなたはその大いなる恵みをもって彼を迎え、そのかしらに純金の冠をいただかせられる。」(口語訳)

Keyword; 「迎える」 welcome, 21:3/59:10/79:8

  • 「迎える」と訳されたカーダムקָדַם(qadam)は、本来、敵に対して「立ち向かう」とか、「~よりも前に何か事をなす」といった意味の言葉ですが、詩21篇では「歓迎する」という意味で用いられています。旧約では26回、詩篇では12回ですが、歓迎の意味に訳されているのは詩21篇の他に、59:10「私の恵みの神は、私を迎えに来てくださる。」(確信)と、79:8「あなたのあわれみが私たちをすみやかに迎えますように。」(嘆願)にあります。
  • 前篇の20篇が「王のためのとりなし」であったのに対して、21篇は「王の凱旋の賛歌」です。主なる神が王の願いを「かなえנָתַן」(v.2)、「迎えקָדַם」(v.3)、「(祝福を)与えנָתַן」(v.3)、「(その頭に純金の冠を)置かれשִׁית」(v.3)、「(長い日々を)与えנָתַן」(v.4)、「(尊厳と威光を彼の上に)置かれשָׁוָּה」(v.5)、「(とこしえに)祝福しבָרַך」(v.6)、「(喜びで)楽しませるחָדָה」(v.6)という神の恩寵のリストが綴られています。
  • そうした神の恩寵に対して、王は主に「信頼しבָּטָח」(V.7)しています。この神と王のゆるがない信頼関係こそこの詩篇の大切なポイントです。王のためにとりなした民たちは、神と王のゆるぎないかかわり、麗しい信頼関係を喜び称えています。
  • 主イエスは・キリストは弟子たちを招かれたとき、「わたしのくびきを負って、わたしから学びない」と言われました。「わたしから学ぶ」とは、御子が御父を絶対的に信頼している生き方のことです。それを学び、身につけるようにということです。このことこそ御子イエスの生涯の課題であり、仕事でした。そしてこの課題と仕事は、十字架上において「わが霊を御手にゆだねます」(ルカ23:46)と息を引き取られたことで完遂されたのでした。私たちはこの御父と御子の麗しい愛のかかわりをもっと深く学ぶことが求められています。そしてその中にあずかるようにと招かれています。
  • 詩21篇にある恩寵用語を以下にまとめておきましょう
    (1) ナータンנָתַן(natan)・・いのちを与える(賜う)、願いをかなえる(許す)、to give,
    (2) シート שִׁית(shit)・・冠を置く、祝福を置く、to place,
    (3) シャーワーשָׁוָה(shawah)・・を贈る、・・を与える、・・を授ける、・・を置く、to bestow,
  • 「いと高き方の恵み(constant love/steadfast love/lovingkindness)に支えられることによって、決して揺るがされることのないな、真の安らぎを経験できることを感謝したい。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs21

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。。。。。。。。。。

 

【詩篇20篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm20:1  苦難の日に主があなたにお答えになりますように。ヤコブの神の名が、あなたを高く上げますように。

psm20:2  主が聖所から、あなたに助けを送り、シオンから、あなたをささえられますように。

psm20:3  あなたの穀物のささげ物をすべて心に留め、あなたの全焼のいけにえ を受け入れてくださいますように。セラ

psm20:4  主があなたの願いどおりにしてくださいますように。あなたのすべてのはかりごと を遂げさせてくださいますように。

psm20:5  私たちは、あなたの勝利を喜び歌いましょう。私たちの神の御名により旗を高く掲げましょう。主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように。

psm20:6  今こそ、私は知る。主は、油をそそがれた者を、お救いになる。主は、右の手の救いの力をもって聖なる天から、お答えになる。

psm20:7  ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。

psm20:8  彼らは、ひざをつき、そして倒れた。しかし、私たちは、立ち上がり、まっすぐに立った。

psm20:9  主よ。王をお救いください。私たちが呼ぶときに私たちに答えてください。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

昨日我武者羅応援団の方の動画を見た。

感動ですね~。此処にアップしておきます。時間をとってみてみてください。

http://www.youtube.com/watch?v=6TLSVrynIu8&feature=player_embedded

泣きましたわ。ホンマ・・。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm20:4  主があなたの願いどおりにしてくださいますように。あなたのすべてのはかりごと を遂げさせてくださいますように。








僕らの心に与えられた思いは何処からきたんだろうか?

自分自身の欲だけなんだろうか?



僕は全くそうは思わない。





僕らを目的をもって創られた神様が

僕らの肉体と共に内に備えられたモノだと信じている。




此処で、ダビデさんは

主があなたの願いどおりにしてくださいますように。あなたのすべてのはかりごと を遂げさせてくださいますように。 と語っている。




なんか嬉しくないですか?

僕らの思いの背後に、ダビデさんを支えた神様がついてくれてる。





大丈夫。

僕らは絶対大丈夫なんだ。




僕らに与えられた思いは、僕だけのモノじゃない。

それは僕を創られた神様が、その思いを支え、全てのはかりごとを遂げさせる為

誰よりも傍で支えてくれている。





投げなくても大丈夫。

逃げ出さなくても大丈夫。



身体が動かなくても大丈夫。

心が例え今、否定していても大丈夫。




与えられた思いを過ごすことが出来れるなんて最高だね。






もう一度、その思い大切に見つめなおしませんか?

・・・僕もだけど。

諦めなくてもいい。

だって、神様が僕らについててくれてるんだもん。




心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?



僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


a-men.






・・・・・・・・・・・

詩20篇「遂げさせる」 מָלָא マーラー

〔カテゴリー賦与〕

4節「主があなたのすべてのはかりごとを遂げさせてくださいますように。」
5節「主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように。」

Keyword; 「遂げさせる」 満ちる、満たされる、full, grant, make succeed
20:4, 5/33:5/48:10/71:8/72:19/80:9/81:10/104:24/107:9/119:64/126:2

  • 4節、5節で「遂げさせる」と訳されたマーラーמָלָא(mala’)は、本来、「満たす」「満たされる」という意味の動詞です。旧約では250回、詩篇では21回使われています。
  • 詩20篇では、計画がすべて成功するように、願いがすべてかなえられるようにという意味で用いられています。ですから、「遂げる」と訳されていても、「成し遂げる」という意味での「遂げる」ではありません。ちなみに、神が「成し遂げる」というヘブル動詞はガーマル
    גָּמַר(gamar)です。57:2/138:8を参照。
  • 詩20篇は、民による王のためのとりなしの祈りです。イスラエルの王は他の国の王とは異なり、あくまでも神の代理者でした。神の代理として神のみこころの中に生き、みこころを求め、みこころを為す王こそ、最も良い、ふさわしい王でした。そうしたイスラエルの王制理念を持った王と民たちにとって、王が神に祝福されることは自分たちが祝福されることでもあったのです。その民たちが王のために「主があなたのすべてのはかりごとを遂げさせてくださいますように。」(4節)、「主があなたの願いのすべてを遂げさせてくださいますように。」(5節)という祈りは理にかなったことでした。なぜなら、王のすべてのはかりごと(計画)、王のすべての願いは、神のみこころに沿っていると信じていたからでした。なんという王と民の主にある麗しいリーダーシップとフォロアーシップでしょうか。こうした麗しいかかわりがあるところに神の祝福と臨在が現わされます。
  • マーラーמָלָא(mala')が恩寵用語として使われている他の箇所をあげてみましょう。
    33:5 「地は主の恵みに満ちている。」
    48:10「あなたの右の手は義に満ちています。」
    80:9 「あなたがそのために、地を切り開かれたので、ぶどうの木は深く根を張り、地にはびこりました。」
    81:10「あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう。」
    107:9「まことに主は渇いたたましいを満ち足らせ(שָׂבָע)、
    飢えたたましいを良いもので満たされた。」
    126:2「そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。」
  • 御子イエスは今も私たちのためにとりなしておられます。それは「わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」(ヨハネの福音書15:11)

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs20

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【詩篇19篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm19:1  天は 神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざ を告げ知らせる。

psm19:2  昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。

psm19:3  話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。

psm19:4  しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。神はそこに、太陽のために、幕屋を設けられた。

psm19:5  太陽は、部屋から出て来る花婿のようだ。勇士のように、その走路を喜び走る。

psm19:6  その上るのは、天の果てから、行き巡るのは、天の果て果てまで。その熱を、免れるものは何もない。

psm19:7  主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。

psm19:8  主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、主の仰せはきよくて、人の目を明るくする。

psm19:9  主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない 。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。

psm19:10  それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。

psm19:11  また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。

psm19:12  だれが自分の数々のあやまちを悟ることができましょう。どうか、隠れている私の罪をお赦しください。

psm19:13  あなたのしもべを、傲慢の罪から 守ってください。それらが私を支配しませんように。そうすれば、私は全き者 となり、大きな罪を、免れて、きよくなるでしょう。

psm19:14  私の口のことばと、私の心の思いとが御前に、受け入れられますように。わが岩、わが贖い主、主よ。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

お盆休みの日がきまりました。なんと、土曜から!!

あり難い。


夏はいつも田舎に帰ります。

田舎はあの

オスプレイの岩国ですわ。

でも、混むよね・・・かなり。土日に集中しちゃうもんね。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm19:7  主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。






たましいを生き返らせる。って?? こんな説明をどうぞ。

魂を「生き返らせ」と訳されたシューヴשׁוּב(shuv)は、本来、「帰る」「戻る」という意味ですが、詩19篇では魂が本来のあるべき元の状態に帰るという意味で用いられています。





僕ら人はバイブルでは

肉体・魂・霊の三つで本来創られていると記されている。

しかし、アダムとエバがサタンの言葉を選んだ為に、霊(永遠の命)が失われている。

この霊を再び手に入れる為には、ジーザスが全ての賠償を十字架で支払ったコトを信じる事だけでOKだ。


今日の話題は、霊でなく、魂。

この魂は誰もが持っているモノ。地上で生きるための命。




地は神様によって創造され創られた。


僕ら人もそうだ。

(大切な友達として創られた。)



この地での心の在り方は誰がよく知っているだろうか?

心のあり方を失った時、僕らの心は不安定になり様々な病も発生してくる。。


心のあり方を失って、バランスを崩した時

僕らはどうするだろうか?



病院?

僕もそう。



何故、病院にいくのだろう?

専門に心の事を学んだ人が其処に居るから。



でも

心を全て理解している人は居ない・・・。








だったら、


ダビデさんの様に、神様に意識を向け

僕らを創られた神様の声を聴いてみるのは非常に助けになるかも・・・だね!!



この説明文も解りやすい。


  • 私たちは誰でも、過去のつらい体験や現在のストレス、また将来への不安の中で、心や考え方が追いつめられ、束縛されたライフ・スタイルの中へと閉じ込められてゆく危険性を持っています。不登校、引きこもり、いじめ、家庭内暴力、幼児虐待、アルコール・薬物依存、摂食障害、怒りの爆発、うつ、神経症、中高年の自殺、等。「心の時代」と呼ばれている現代社会に溢れているこのようなさまざまな束縛のかたちは、まさに私たち人間の持つ脆さを如実に示しています。それゆえ、今日に生きる多くの人々が傷ついた心の癒しを求めています。
  • 自己崩壊への不安と恐怖に耐えきれなくなった私たちの心と体は、手軽な安心感を与えてくれそうな偽物との安易な結びつきを求めて彷徨(さまよ)い、翻弄され、傷つき、疲れ、打ちのめされて、ついには、自分の存在を最終的な崩壊から守るためにゆがめられた束縛の世界の中へと閉じ込もってゆきます。今日の多くの「引きこもり者を持つ家庭」の存在は、まさにこの束縛された世界へ閉じこもってゆくライフ・スタイルの現実的な現れ、と言われています。しかし、本当の癒しは、さまざまな原因によって傷つき、ゆがめられ、バラバラにされてしまった人間存在の精神的・肉体的部分が、本来持つべきであった健全な姿を神とのかかわりによって回復し、本来あるべき本当の自分を取り戻してゆくことを意味しています。自然界を通しての心の癒しもありますが、それには限界があります。神からの直接的な啓示が必要です。そして「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ(取り戻させ)る」との告白を、今一度、真剣に受け止める必要があると信じます。なぜなら、神は魂を癒し、知恵と喜びと存在の輝きを取り戻してくださるからです。


心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?



僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


a-men.







・・・・・・・・・・・

詩19篇「(魂を)生き返らせる」 שׁוּב シューヴ

〔カテゴリー育成〕

7節「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、・・」(新改訳)
7節「ヤーウェの律法は完全で、魂を取り戻させる」(岩波訳)

Keyword; 「(魂の)回復」 restore, reviving the soul, giving restore

  • 魂を「生き返らせ」と訳されたシューヴשׁוּב(shuv)は、本来、「帰る」「戻る」という意味ですが、詩19篇では魂が本来のあるべき元の状態に帰るという意味で用いられています。有名な詩23篇にも「主は、私のたましいを生き返らせשׁוּב」とあります。詩80篇では「神よ。私たちをもとに返しשׁוּב、御顔を照り輝かせてください。そうすれば救われます。」(3, 7, 14, 19節)とあります。
  • 詩19篇7, 8節には、神のみことばのもつ四つの力が告白されています。
    (1) 魂を「生き返らせる」シューヴשׁוּב(shuv)ー(1)は(2)(3)(4) をもたらす原初的要因です。
    (2) わきまえのない者を「賢くする」ハーカムחָכַם(chakam)
    (3) 人の心を「喜ばせる」サーマフשָׂמַח(samach)
    (4) 人の目を「輝かせる」オールאוֹר(’or)
  • 私たちは誰でも、過去のつらい体験や現在のストレス、また将来への不安の中で、心や考え方が追いつめられ、束縛されたライフ・スタイルの中へと閉じ込められてゆく危険性を持っています。不登校、引きこもり、いじめ、家庭内暴力、幼児虐待、アルコール・薬物依存、摂食障害、怒りの爆発、うつ、神経症、中高年の自殺、等。「心の時代」と呼ばれている現代社会に溢れているこのようなさまざまな束縛のかたちは、まさに私たち人間の持つ脆さを如実に示しています。それゆえ、今日に生きる多くの人々が傷ついた心の癒しを求めています。
  • 自己崩壊への不安と恐怖に耐えきれなくなった私たちの心と体は、手軽な安心感を与えてくれそうな偽物との安易な結びつきを求めて彷徨(さまよ)い、翻弄され、傷つき、疲れ、打ちのめされて、ついには、自分の存在を最終的な崩壊から守るためにゆがめられた束縛の世界の中へと閉じ込もってゆきます。今日の多くの「引きこもり者を持つ家庭」の存在は、まさにこの束縛された世界へ閉じこもってゆくライフ・スタイルの現実的な現れ、と言われています。しかし、本当の癒しは、さまざまな原因によって傷つき、ゆがめられ、バラバラにされてしまった人間存在の精神的・肉体的部分が、本来持つべきであった健全な姿を神とのかかわりによって回復し、本来あるべき本当の自分を取り戻してゆくことを意味しています。自然界を通しての心の癒しもありますが、それには限界があります。神からの直接的な啓示が必要です。そして「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ(取り戻させ)る」との告白を、今一度、真剣に受け止める必要があると信じます。なぜなら、神は魂を癒し、知恵と喜びと存在の輝きを取り戻してくださるからです。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs19

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【詩篇18篇】o19  指揮者のために。主のしもべダビデによる。主が、彼のすべての敵の手、特にサウルの手から彼を救い出された日に、この歌のことばを主に歌った


psm18:1  彼はこう言った。主、わが力。私は、あなたを慕います

psm18:2  主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。

psm18:3  ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、私は、敵から救われる。

psm18:4  死の綱は私を取り巻き、滅びの川は、私を恐れさせた。

psm18:5  よみの綱は私を取り囲み、死のわなは私に立ち向かった。

psm18:6  私は苦しみの中に主を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。

psm18:7  すると、地はゆるぎ、動いた。また、山々の基も震え、揺れた。主がお怒りになったのだ。

psm18:8  煙は鼻から立ち上り、その口から出る火はむさぼり食い、炭火は主から燃え上がった

psm18:9  主は、天を押し曲げて降りて来られた。暗やみをその足の下 にして。

psm18:10  主は、ケルブに乗って飛び、風の翼に乗って飛びかけられた。

psm18:11  主はやみを隠れ家として、回りに置かれた。その仮庵は雨雲の暗やみ、濃い雲。

psm18:12  御前の輝きから、密雲を突き抜けて来たもの。それは雹と火の炭。

psm18:13  主は天に雷鳴 を響かせ、いと高き方は御声を発せられた。雹、そして、火の炭。

psm18:14  主は、矢を放って彼らを散らし、すさまじいいなずまで彼らをかき乱された。

psm18:15  こうして、水の底が現われ、地の基があらわにされた。主よ。あなたのとがめ、あなたの鼻の荒いいぶきで。

psm18:16  主は、いと高き所から御手を伸べて私を捕え、私を大水から引き上げられた。

psm18:17  主は私の強い敵と、私を憎む者とから私を救い出された。彼らは私より強かったから。

psm18:18  彼らは私のわざわいの日に私に立ち向かった。だが、主は私のささえであった。

psm18:19  主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。

psm18:20  主は私の義にしたがって私に報い、私の手のきよさにしたがって私に償いをされた。

psm18:21  私は主の道を守り、私の神に対して 悪を行なわなかった。

psm18:22  主のすべてのさばきは私の前にあり、主のおきてを私は遠ざけなかった。

psm18:23  私は主の前に全く、私の罪から身を守る

psm18:24  主は、私の義にしたがって、また、御目の前の私の手のきよさにしたがって私に償いをされた。

psm18:25  あなたは、恵み深い者には、恵み深く、全き者 には、全くあられ、

psm18:26  きよい者には、きよく、曲がった者には、ねじ曲げる方。

psm18:27 あなたは、悩む民をこそ救われますが、高ぶる目は低くされます。

psm18:28 あなたは私のともしびをともされ、主、私の神は、私のやみを照らされます。

psm18:29  あなたによって私は軍勢に襲いかかり、私の神によって私は城壁を飛び越えます

psm18:30   神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の

psm18:31  まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。

psm18:32  この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。

psm18:33  彼は私の足を雌鹿のようにし、私を高い所に立たせてくださる。

psm18:34  戦いのために私の手を鍛え、私の腕を青銅の弓をも引けるようにされる。

psm18:35  こうしてあなたは、御救いの盾を私に下さいました。あなたの右の手は私をささえ、あなたの謙遜は、私を大きくされます。

psm18:36  あなたは私を大またで歩かせます。私のくるぶしはよろけませんでした。

psm18:37  私は、敵を追って、これに追いつき、絶ち滅ぼすまでは引き返しませんでした。

psm18:38  私が彼らを打ち砕いたため、彼らは立つことができず、私の足もとに倒れました。

psm18:39  あなたは、戦いのために、私に力を帯びさせ、私に立ち向かう者を私のもとにひれ伏させました。

psm18:40  また、敵が私に背を見せるようにされたので、私は私を憎む者を滅ぼしました。

psm18:41  彼らが叫んでも、救う者はなかった。主に叫んでも、答えはなかった。

psm18:42  私は、彼らを風の前のちりのように、打ち砕き、道のどろのように除き去った。

psm18:43  あなたは、民の争いから、私を助け出し、私を国々のかしらに任ぜられました。私の知らなかった民が私に仕えます。

psm18:44  彼らは、耳で聞くとすぐ、私の言うことを聞き入れます。外国人らは、私におもねります。

psm18:45  外国人らはしなえて、彼らのとりでから震えて出て来ます。

psm18:46  主は生きておられる 。ほむべきかな。わが岩。あがむべきかな。わが救いの神。

psm18:47  この神は私のために 、復讐する方。神は諸国の民を私のもとに従わせてくださる。

psm18:48  神は、私の敵から私を助け出される方。まことに、あなたは私に立ち向かう者から私を引き上げ、暴虐の者 から私を救い出されます。

psm18:49  それゆえ、主よ。私は、国々の中であなたをほめたたえ、あなたの御名を、ほめ歌います。

psm18:50  主は、王に救いを増し加え、油そそがれた者 、ダビデとそのすえに、とこしえに恵みを施されます。

。。。。。。。。。。


おはようございます。 

昨日は史上最高の気温更新でしたね。

体調には十分に注意してすごしていきましょね。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm18:31  まことに、主のほかにだれが神であろうか。私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。

psm18:32  この神こそ、私に力を帯びさせて私の道を完全にされる。





今、僕がこの言葉を自分の言葉として発することが出来るようになったのは、

自分の力に頼り、回りに頼り問題解決を求めて解決が与えられなかった時のお陰だ。


誰を頼っても

何によりすがろうとしても・・・

どうにも

こうにも

どうしようもない状況が、僕にこの言葉の真意を教えてくれた。




何処にも届かない僕の声を聴いてくれたのが

見えないけど、いつも傍にいてはった神様。




人の力は限りがある。

それは、神様の力をより頼む為。




自分が無力だと知ることが出来ているなら

僕らは神様の力を思い知ることが出来る。


ただ

上を見上げ、声を発するだけで。





ダビデさんの力となられた神様は

実は、僕らの力になろうといつも傍にいてくれている。




どう?




声を発しませんか?




心が否定しても、バイブルの言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?



僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


a-men.




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詩18篇(3)「大きくする」 רָבָה ラーヴァー

〔カテゴリー賦与〕

「あなたの謙遜は、私を大きくされる。」(新改訳)

Keyword; 「大きくする」 増し加える

  • 詩篇18篇の後半では、「戦いのために」というフレーズが出てきます。ダビデの念願は主の家を建てること、神を礼拝するための神殿を建設することでした。しかし、神はそれをダビデにではなく、ダビデの子ソロモンにさせる計画でした。ダビデの時代的使命はイスラエルの周辺諸国との戦いを通して、神の国(支配)を拡大することでした。それゆえダビデの生涯は多くの戦いを余儀なくされました。その「戦いのために」、ダビデは主が「私の手を鍛え」、「私の腕を青銅の弓を引けるようにされる」、「私に力を帯させる」(32, 39節)と告白しています。ダビデの勝利は実にめざましく、イスラエルの歴史において黄金時代を気づきました。しかしここで重要なことは、ダビデが「あなたの謙遜は、私を大きくされる」(35節)と告白していることです。
  • 35節をいろいろな訳で見てみると・・
    「あなたの謙遜は、私を大きくされる。」(新改訳)
    「あなたは自ら降り、わたしを強い者としてくださる。」(新共同訳)
    「あなたの謙遜が、私を豊かにする。」(岩波訳)
    「あなたの謙りは、わたしを大いなる者とする。」(関根訳)
    「わたしを顧み、大いなる者とされた。」(フランシスコ会訳)
    「わたしを顧み、・・力ある者とされた。」(典礼訳)
  • 興味深いことに、フランシスコ会訳と典礼訳が、「謙遜」(名詞「アナーワー」עֲנָוָה)を意訳して動詞的に「顧み」と訳していることです。つまり、主の謙遜とは、この私を顧みてくださり、私を下から支えてくださるというふうに受け止めることができます。
    ちなみに、「謙遜】と訳された「アナーワー」עֲנָוָהは、旧約で7回、詩篇では2回(18:36/45:5)のみです。
  • 「大きくされる」(新改訳)と訳されたラーヴァーרָבָה(ravah)は、本来、「増す、増し加わる、増える」という意味です。数や量、財、力、年齢、栄誉などが増し加わることで、「大きくされる」、「大いなる者とさる」、「強い者とされる」、「豊かにされる」、「力ある者とされる」ということになります。
  • 詩篇18:50にもラーヴァが出てきます。「主は、王に救いを増し加え(רָבָה)、油注がれた者、ダビデとそのすえに、とこしえに恵みを施されます。」
  • 神の謙遜は御子イエス・キリストを明確に私たちに示されました。ピリピ2章には「キリストは神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。ご自分を卑しくし、死にまで従い、実に(恥辱の極みである)十字架の死にまでも従われ」ました。それゆえ、「神はキリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになった」のでした。

主は、私たちを高くするために、自ら、低くなられました。
主は、私たちを富む者とするために、自ら、貧しくなられました。
主は、私たちを強くするために、自ら、弱くなられました。
主は、私たちを豊かにするために、自ら、乏しくなられました。

  • これが神の謙遜(へりくだり)であり、この謙遜によって、私たちは支えられ、大いなる者、豊かな者、力ある者とされているのです。この恩寵を決して忘れなかったダビデこそ、イスラエルの理想的な王でした。これは一つの型です。ダビデが大いなる者とされたように、私たちもキリストの謙遜(支え)によって、そのような者とされる祝福が備えられているのです。

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詩18篇(2)「(力を)帯びさせる」 אָזַר アーザル

〔カテゴリー賦与〕

32節「この神こそ、私に力を帯びさせて、私の道を完全にされる。」
39節「あなたは戦いのために、私に力を帯びさせ、私に立ち向かう者を・・ひれ伏させ」

Keyword; 「武装する」 ~を武装させる、~を装備させる、身につけさせる、まとう、arm, clothe, 18:32, 39/30:11/65:6/93:1

  • 詩18篇には「力を帯びさせ」ということばが2回(32, 39節)使われています。ひとつは、私の道、すなわち、神とともに歩む道、信頼というかかわりの道を完全にさせる(成熟させる)ために「力を帯びさせる」という恩寵です。もうひとつは、戦いのために「力を帯びさせ」て、敵をひれ伏させるというものです。前者は、かかわりの絆を強めるための力の装備であり、後者は、戦いのために鍛え、敵に勝利し、支配するための力の装備です。作者を「広い所」(19節、広い所とは自由を意味します)に連れ出された主は、そのように、「高い所」(33節、高い所とは権威と力を意味します)にも立たせて下さるのです。
  • なによりも、まず神ご自身が栄光と権威の力を帯びておられます(65:6)。詩93篇1節では、神にふさわしい「みいつ(威厳・尊厳、majesty)」をまとっておられます。その神がダビデに油注がれたとき、神の霊が激しくダビデの上に下りました。ダビデの弾く立琴はサウル王を悩ました悪霊を追い出し、彼の特技である石投げは獅子や熊のみならず、ペリシテの巨人さえも打ち倒しました。このように「力を帯びること」は人の力を超えた力を身につけることです。
  • やがてダビデは王となり、イスラエルの歴史において黄金時代を築きますが、そこには麗しいリーダーシップとフォロフーシップの関係がありました。王として民を従えることも「力を帯びる」ことなしにはできないことでした。神からの「油注ぎ」とはまさにこのような恩寵です。「わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。」(イザヤ45:5)と約束された主なる神は、その約束をイエス・キリストにおいて実現させました。
  • 御父から遣わされた御子イエス・キリストは、公生涯に入られる前に油注ぎを受けました (ルカ 3:21~22)。その後、御霊に導かれて40日間の荒野での試みを経験された御子イエスは、「御霊の力を帯びて」はじめて宣教の働きを開始され(ルカ 4:14)、十字架への道へと歩まれ、私たちの救いを全うしてくださいました。
  • このように「力を帯びる」ことは主の霊が注がれることであり、神とのかかわり絆をより強め、成熟させるための神の恩寵です。また、あらゆる敵の戦いにおいて勝利していく秘訣でもあります。また、キリストのからだなる教会を建て上げていくための力です。その力の源泉が主なる神にあることを決して忘れてはならないことを教えられます。

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詩18篇(1)「喜びとする」 חָפֵץ ハーペツ

〔カテゴリー愛顧〕  

19節「主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたחֵפֶץから。」

Keyword; 「喜ぶ」 delight, pleasure, desire 18:19/22:8/37:23/40:6, 8/41:11/51:6, 16, 1/ 68:30/73:25

  • 主が私を「喜びとされた」と訳されるハーペツחָפֵץ(chapets)は詩18篇ではじめて登場します。神の恩寵の泉となる重要な語彙です。「喜ぶ」「喜びとされた」「喜び迎える」「気に入る」「愛する」「欲する」という意味です。名詞形ヘペツחֵפֶץ(chepets)1:2/16:3/107:30で用いられています。
  • 主が私を広い所に連れ出し、私を助け出されたその行為は、主が私を喜びとされたという原因があります。詩篇1:2の「まことに、主の教えを喜びとし、昼も夜も主の教えを口ずさむ」にも「原因と結果の法則」が見られます。つまり、昼も夜も主の教えを口ずさむという瞑想の行為は、主の教えを喜びとする心から生み出されます。このような「原因と結果の法則」は、見える世界だけでなく、目に見えない霊的な世界においても常に変わることのない法則です。この法則は人にも神にも適用されます。
  • この詩18篇には、神の「救い出し」「助け出し」「救い」という言葉が多く見られます。そうした行為はどこから出てくるかというならば、19節の「主が私を喜びされた」からです。自分が主の喜びの対象であることを知ること、何にも勝って重要です。この自己認識こそすべての力の源泉、かかわりの源泉と言えます。
  • 御子イエス・キリストのこの世におけるすべての働きの源泉は、御父の天からの愛の声―「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」(ルカ3:22)-でした。主が私を喜びとされたという信仰は、さまざまな良い実を結びます。イエスはこの「原因と結果と法則」を次のように語られました。「良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。良い木が悪い実をならせることはできないし、また、悪い木が良い実をならせることもできません。」(マタイ7:17,18)
  • 神が私たちに対して良いお方である(原因)ならば、私たちに対してすべてのことを相働かせて益としてくださる(結果)のは法則です。私たちも神に対して良い思いを抱くならば、良い行い(働き)が表わされてくるのは当然のことなのです。それゆえ、神を知ることはきわめて重要です。使徒パウロはこの法則を次のように述べています。「キリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(ロマ 5:2~5)

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