いつもお越しくださってありがとうございます。
久々な感じがしますが、今日も宜しくお願いいたします。
さて、今日は表題にもあるこんな曲から。。
Dust My Broom - Elmore James
http://www.youtube.com/watch?v=aKo80b-QfK0&feature=fvw
『 "dust my broom"とは、原義は「ほうきの埃を払う」ということですが、そこからブルースでは「過去と決別する」「人生をやり直す」、さらに、この歌詞にあるように、「自分をふった女と別れる」という意味で使われてい 』るらしい。
http://www.geocities.co.jp/MusicStar/2461/issue5.html
僕が、学生時代にブルースに浸るのを助けてくれたひとつの曲。
勿論古いようでもあるけど、どこかいつも新鮮な感じがする曲。
どんな優れた人がカバーしようが、これ以上のモノはないと思う。
大好きな一曲。
過去と決別 なんて。
今までどんな決別をしてきました?
大好きな異性?
それとも、頑強な健康と?
何にしろ
大切にしてきたものを、今の自分から切り離すのは不安の極み。
心に空くだろうその空間の空虚さに押し潰されていくだろう。
最近、健康なままの命の時間について考える時が多く与えられている。
そんな中、
マザーテレサのこんな言葉に出会った。
わたしたちは、勇気を持たなければなりません。
受け入れる勇気を持てるよう、祈るために。
わたしたちは、十分祈らないので、人間的な面しか見えません。
ものごとに、神のしるしを見ることなく、怒りの気持ちを持つのです。
今日の、苦しみについての誤解の多くは、この恨みと苦々しい思いが、原因のように思います。
恨みは、むしばむ病です。
それはがん、内に隠れた怒りです。
(「マザーテレサの愛と祈り」より)
どう?
失恋の時も健康を失うときも どうしても今までとのギャップに恨みが溢れてくる。
恨みは怒りを生み出し、そこからは失望しか与えられない。
しかし、このマザーテレサのように
受け入れる勇気を持つ時、変わるもののなら是非変えられたいと思う。
辛い時も、その背後で神が働かれているのではと意識を向ける勇気がもてたら恨みから開放できるのではと思う。
有名な詩ではあるが、あなたはどう感じますか?
・・ 病者の祈り(ある兵士の祈り) ・・
大事を成そうとして、力を与えて欲しいと、神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと、弱さを授かった
より偉大なことができるように、健康を求めたのに
よりよきことができるようにと、病弱を与えられた
幸せになろうとして、富を求めたのに
懸命であるようにと、貧困を授かった
世の人々の称賛を得ようとして、権力を求めたのに
神の前に跪くようにと、弱さを授かった
人生を享楽しようとあらゆることを求めたのに
あらゆることを喜べるように、生命を授かった
求めたものは何一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りも、すべて適えられた
私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのだ
神は、私が必要とすることを一番よく知っておられる
願わくば、神は賛美され、祝福されますように・・・
(ニューヨーク大学リハビリテーション研究所の壁に刻まれている一患者の作)
(非常に重い、治ることのない病気にかかった患者の詩だろうと言われている)]
僕はこの方のうちに働いた力を感じ恐れさえも感じる。
ついこの間まで、戦いの一線で働く事の出来る頑強な健康を戦争によって絶たれ、
今まで何の為に生き、この力ない体でどう生きたらよいか分からない時に。。
この方は
現状の全てを受け入れる勇気を得た。 祈ることによって。。
その答えは、余りにも酷い過酷な回答のようにも思えるが、
その背後に働く神の優しさをひしひしと感じ、
何にも勝るだろう『 神の平安 』で満ちている。。
もしかしたら・・・
そんな気持ちを持つことが出来たら、
是非 祈ってみましょうね。
僕も一緒に祈りますね。
今日、このブログに来られた方が恨み、憎しみから開放されて
この試練の背後にある神の優しさに包まれますように
そして、
受け入れる勇気と共にあなたに祈る事が出来ますように。。
終わりはゲイリームーアバージョンで。
Gary Moore - Dust My Broom
http://www.youtube.com/watch?v=mX4zt9zk820&feature=related
今日も素敵な一日を過ごせますように。
大丈夫。
僕等の傍にはいつもジーザス。
感謝。