日本では、犯罪や刑罰について体系的に学ぶ機会は決して多くない。
そのため、死刑制度をめぐっても、いくつかの重要な点について誤った理解や、十分ではない認識が広がっていると著者は指摘する。
例えば――
■無期刑の運用について
「無期刑はいつか釈放されるのではないか」と考えられがちだが、
日本の無期刑は、現実的には仮釈放がほとんど認められず、終身刑に近い運用となっている。
■殺人事件の発生率について
「戦後、殺人事件は増えているのではないか」と思われることもあるが、
統計的には、戦後の殺人事件の発生率は減少傾向にある。
■死刑の抑止効果について
「死刑には犯罪を抑止する効果がある」と信じられることも多いが、
死刑制度に抑止効果があるとする科学的な根拠は、現時点で確認されていない。
こうした点を知らない人、あるいは誤った認識を持ったままの人が少なくないことが、議論を難しくしているという。
著者は、死刑がどのように運用されているのかを具体的に知ろうとせず、
「なんとなく」のイメージや印象だけで、賛成・反対を表明してしまうことに問題があると考えている。
政府が刑の執行に関する詳細な情報を公開していない現状もあり、十分な情報やデータに基づいて考えることが難しい面もある。
また、絞首刑が憲法のいう「残虐な刑罰の禁止」に当たるかどうかについては、
70年以上前の東京大学医学部教授・古畑種基博士による「絞首刑は残虐な刑罰に当たらない」とする鑑定が、
その後の科学技術の進展や人権意識の変化を十分に踏まえないまま、今日まで維持されてきた経緯が紹介される。
死刑制度は、絶対不変のものではなく、その時代の価値観や社会の常識によって変化しうる制度である。
その点を見落としたまま議論してしまうことも、著者は問題提起している。
過去には袴田事件のような重大な冤罪事件もあり、
国家権力による強制的な捜査や、冤罪をいかに防ぐかという視点も欠かせない。
対象となる制度や運用の現状を、可能な限り具体的に把握し、論点を整理したうえで問題点を検討する――
本来はごく当たり前でありながら、つい忘れがちな姿勢の重要性が繰り返し示されている。
誤った認識を避け、運用の実態を踏まえたうえで死刑制度を考えていくこと。
そのために、十分な議論がなされるべきだという著者の姿勢には、共感するところが多かった。
死刑制度については、賛成・反対・中庸といった多様な立場がある。
どれか一つに急いで結論を出すのではなく、
それぞれの意見の根拠や背景を知りながら、
最終的には自分の判断を静かに形づくっていきたい。
そんな思いを改めて感じた読書体験だった。
■目次
はじめに
第1章 死刑はどのように運用されている?
第2章 刑事捜査の暗黒時代とその後
第3章 被害者を支援するとはどういうことか
第4章 死刑存置派と死刑廃止派の水掛け論
第5章 日本の市民は本当に死刑を望んでいるのか
第6章 「死刑は残虐な刑罰か」の過去・現在・未来
第7章 アメリカが死刑を維持するためにとった7つの観点
第8章 死刑存廃論のミニマリズム
あとがき
註
■著者紹介
丸山泰広さん
立正大学法学部教授。博士(法学)。専門は刑事政策・犯罪学。
日本犯罪社会学会理事、日本司法福祉学会理事。
2017年にロンドン大学バークベック校・犯罪政策研究所客員研究員、
2018年から2020年にカリフォルニア大学バークレー校・法と社会研究センター客員研究員。
