本書は、現代で言う刑事事件にあたる五つの事例を取り上げ、江戸時代にどのような過程を経て刑罰が決定されていったのかを読み解く一冊。
盗みや火付、奉公先の主人の妻から恋文を受け取った下男、寄場人足から脱走した無宿人、物の怪に憑りつかれ親を殺した兄弟、女によるゆすり・たかりなど、多様な事件が扱われている。
江戸時代の刑罰決定の仕組みについては、これまで盲点だった。
時代劇の影響で「残虐な刑罰が主で、自白を常に強要していた」というイメージを持っていたが、実際にはより慎重で多層的な手続きが存在していたことに驚かされる。
特に印象的だったのは、物の怪憑きに責任能力があるかどうかという判断。
現代の刑法39条「心神喪失者の行為は罰しない」に相当するお裁きが、江戸時代にも存在していた点は新鮮だった。
また、死罪などの重罪は町奉行や三奉行、目付・大目付の評定所だけでなく、老中まで上げて慎重に検討されていた。
上部の意見に対して下部が異論を申し立てることが許され、その判断が採用される場合もあったという。自由な議論を通じて運営されていた様子がうかがえる。
公事方御定書の影響を受けつつも、細部まで厳密に規定されていたわけではなく、各奉行は過去の判例を参照しながら妥当な判決を導き出そうとしていた。
自白だけに頼らず物証を重視するなど、客観的な吟味を心がけていた点も興味深い。
✦ 目次より
はじめに
第一章 盗みと火附―甚吉一件
第二章 叶わぬ恋と艶書の果てに―新助と「かめ」一件
第三章 処罰か福祉か―寄場人足・安五郎一件
第四章 「物の怪」と責任能力―定吉・伝七兄弟一件
第五章 女による犯罪―「いよ」一件
おわりに
あとがき ヴァーチャル御白洲顛末とその後
主要参考・引用文献
✦ 著者紹介
和仁かやさん
早稲田大学法学学術院教授。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。
神戸学院大学法学部、九州大学大学院法学研究院准教授などを経て、2018年より現職。
専門は近世日本法制史。
