朝井リョウさんは、時代の空気を鋭く切り取るのが本当に上手い作家だと思う。
本作は、白熱するオーディション番組から誕生したアイドルをめぐる“推し活”を題材に、三人の視点から物語が進む。
・久保田慶彦(47歳・大手音楽会社勤務)
・武藤澄香(21歳・久保田の娘)
・隅川絢子(20代後半・非正規雇用)
ファンダム経済をつくる側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側──。
三者の視点が重なることで、推し活の光と影、そして人の心の揺らぎが立体的に浮かび上がってくる。
物語の底には、「木を見て森を見ず」という言葉が静かに流れている。
視野が狭くなるとき、誰が得をし、誰が損をするのか。
何が正解で、何が不正解なのか。
その問いが、読者の胸にも返ってくる。
引用の中で特に心に残ったのは次の言葉。
「信じるものが欲しいんだと思います。この社会は生きづらい、自分はこの世界に不当に扱われていると感じている人ほど。」(192P)
推し活は、単なる娯楽ではなく、
“自分の居場所をつくる行為”でもあるのだと気づかされる。
また、
「今の私たちに必要なのは、他者との優しくて健やかな繋がりなんです。」(111P)
という一文は、作品全体のテーマを象徴しているように思えた。
メガチャーチとは、本来は教会の信者を増やすためのマーケティング手法だが、
“ストーリーとコミュニティを同時に提供し、価値を高く感じさせる仕組み”という点で、現代の推し活と驚くほど重なる。
本作は、その構造を物語として見せてくれる。
推し活のように、誰かに夢中になる文化は、
不確かでも、確かに“幸せの形のひとつ”なのだと感じた。
目次
久保田慶彦
武藤澄香
隅川絢子
“すみちゃん”
著者等紹介
朝井リョウさん
1989年、岐阜県生まれ。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『何者』で直木賞、『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞、『正欲』で柴田錬三郎賞を受賞
【No2017】イン・ザ・メガチャーチ 朝井リョウ 日本経済新聞出版(2025/09)
