レビー小体型認知症からくる幻覚や幻聴への戸惑い。
先般、村井理子さんが記された『全員悪人』を読んだことを思い出した。それは実体験を踏まえて書かれたのかと合点がいった。
仕事や子育てをしながらも義父母の介護に奔走する村井さん。病院の送迎からケアマネとの介護計画、夫や自分と全く話が噛み合わない義父母たち。
これはまったく他人事ではなく自分事として共感したり、先々の参考となる事例だと考えながら読ませてもらった。細々と記録し伝えてくれることに感謝したい。
例えば、認知症や脳梗塞を発症した後期高齢者の親を介護している家族はこの国にはたくさんおられると思う。彼らにエールを送る意味でも村井さんの体験談は元気を与えてくれるものだ。
また、今後将来介護をしなければならならない人たちへの心がけになるものとして十分役立つ内容だったと思う。
252P
それでも私が介護を続ける理由は、自分のなかではとても明確だ。私はすべてを見届けたいと考えている。義理の両親に対する愛情から湧き出る気持ちというよりは、誰かの人生を最後までしっかりと見届けた先にあるものが何かを確かめたい、という使命感と好奇心が入り交じった勘定だ。介護に対するモチベーションは人それぞれであっていいはずだから、そこに創作意欲が絡んでいたとしても、どうか見逃してほしい。
(中略)
五十代夫婦による、後期高齢者介護の現実。私たちのようにもがいている人は、全国に大勢いるはずだ。
私の義理の両親の介護に向かわせるエネルギーはすべて、このように全てを記すことから生み出されている。この作業を続けられなくなったときは、私の介護への意欲が失われる時だ。そうならないように、この先もしっかりと二人の行く末を見守り、書き記していきたいと考えている。
<目次>
プロローグ それは瓶ビールから始まった
第1章 異変(2016~19年)(悪い予感、税込みと税抜き、どちらになさいますか? ほか)
第2章 遊びじゃねえんだよ―介護は体力勝負!(2020~21年)(義父、ふたたび倒れる、大混乱―義母の運転免許返納 ほか)
第3章 ドタバタ介護奮闘記(2022年)(二人の人生なんだから、少しずつ、でも確実に変わりゆく日々 ほか)
第4章 もう無理かもしれない(2023年)(私って意地悪かな、本当の親子と義理の両親 ほか)
エピローグ 介護の覚悟
村井理子さん
翻訳家、エッセイスト。1970年、静岡県生まれ。滋賀県の琵琶湖畔に夫と双子の息子と暮らす。著書に、村井さんちの生活、兄の終い、全員悪人、家族などがある。
