小野寺さんの本を読んでいるとき、読んだ後のときに、ぼくは、気持ちが温かくなったりほっこりしてきます。
中学や高校の合唱で歌をうたうとき、ベランダで夫婦が語らうとき、沿道を独りで歩くとき、新しく開館した図書館を利用するとき等々、生きているといろんなときがあります。
日常のそんなあたり前な大切なときどきを、少し切り取ってぼくらに紡いできてくれている作家さんだと思いました。
267P
結局、わたしが高校大学とバンドをやったのは、うたいたかったからだ。中学生のときに、うたはいいと思わされたからだ。母がそう思わせてくれたからだ。そしてわたしが望んだうたの形態が、高校大学ではそれだったのだ。バンドでうたうことだったのだ。
人がうたうとき、その人が善人だとか悪人だとかというのは関係なくなる。その人の声にしか、意味はなくなる。またその人が健康だとか病気だとかというのも関係なくなる。やはりその人の声にしか、意味はなくなる。杉並区のホールでうたったあのとき、母は自分が病に冒されたことを知っていた。なのに、あの顔でうたっていたのだ。とても楽しそうなあの顔で。
そこにごまかしはなかった。母は本当に楽しんでいた。わたしにはわかる。だって、娘だから。
お母さん。もっとうたいたかっただろうな、と思う。
自分に言う。
このどこが貧乏くさいのよ。
大学時代のバンドメンバー4人それぞれが一人称で語る連作短編集でした。
ボーカルの古井絹枝、ギターの伊勢航治郎、ベースの堀岡知哉、ドラムスの永田正道。
彼等の生い立ちや音楽と向き合う姿勢、仲間たちへの思い、彼らがこれからの一歩を踏み出す現状までがゴリゴリと丁寧に描かれていました。
287P「湧き出てくるものがある。それがうた」
「うたわない 古井絹枝」と「うたう 音楽的に発生する 古井絹枝」のなかから、絹枝ちゃんの気持ちが十分伝わってきたよ!
<目次>
うたわない 古井絹枝
うたう 鳥などがさえずる 伊勢航次郎
うたう 明確に主張する 堀岡知哉
うたう 詩歌をつくる 永田正道
うたう 音楽的に発生する 古井絹枝
千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞、08年「ROCKER」でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』が2019年本屋大賞第2位に輝き、ベストセラーに。