最初の場面に湯船があって繊細的な心理と細かい情景が描かれていてとても気に入った。なにか背中がぞくぞくした気持ちになって、次から次へと中身の続きを読みたくなった。
大企業の事務員の姿と注目されずに売れない作家・柳佳夜の顔を持つのが、この主人公の佐藤慶子だ。同性愛であった彼女は、どこか世の中を達観していた。
「常に自分以外の誰かに、あるいは何かによって支配され、評価され、拘束され、完全には自分のものになり得ない この身体」
彼女は、肉がついた体が負担であった。
解放されて自由になりたい。
誰かがそう感じたことがあるかもしれない。
最後にこれまでの出来事を踏まえて、ここぞと湯船があって、どんどん肉を削ぎ落していく行為で着地点を捉えてうまく締めくくられていたと思う。
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肉を脱ぎ捨てて、自由になるのだ。(中略)
もはや貪欲と性欲に支配されることもない。当然、受精の準備ももうしなくていい。生物としての役割ななんてクソくらえだ。
皮を脱げ、肉を脱げ、細胞も組織も臓器も脱ぎ捨てろ。そうすれば開放される。病気から、苦痛から、身体の重さから。決して釣り合わない快と不快から。(中略)
水面に揺れる最後の光を頼りに、私は自由になって開放されていく自分を見る。
1989年、台湾生まれ。作家・日中翻訳者。2013年来日、17年『独り舞』で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。『五つ数えれば三日月が』で第161回芥川賞、第41回野間文芸新人賞候補、『ポラリスが降り注ぐ夜』で第71回芸術選奨新人賞受賞、『彼岸花が咲く島』で第34回三島由紀夫賞候補、第165回芥川賞受賞