文章の流れにどんどんと引き込まれる一人称の語り口だった。
男が惚れた女を想い続けていくことが糧となって一身代を築き気づくのだった。
自分の想いが成就した先に生じてくるものを。
そのときが来るまではあまり考えていなかったようだった。
心の中でずっと相手を想い抜くことで、いつか来るその将来の先までを考えることになることに。
終りに、ずっとそばにいた女から知りたかった秘密が暴露され、やっとその男は理解することができた。
恐らく男は、迷いなくのこりの人生を過ごしていけるだろう。
一季奉公を重ねて四十も過ぎた。己れを持て余していた男は、密かに想いを寄せていたお手つき女中、芳の二度と戻れぬ宿下がりの同行を命ぜられる。
芳への理不尽な扱いに憤り、男は彼女に奉公先を見返す話を持ちかけた。
初めての極楽を味わったその夜、芳は男を刺し、姿を消した。
芳に刺されて死ねるのを喜ぶ男。
しかし、意に反して男は一命をとりとめた。
人を殺めていないことを芳に伝えるため、どん底の岡場所のどん底の女郎屋の主となって芳を探す。最底辺の切見世暮らしの男が、愛を力にして岡場所の顔に成り上がる話だが……。
1948年(昭和23)、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2011年(平成23)、『白樫の樹の下で』で松本清張賞を受賞。2015年、『鬼はもとより』で大藪春彦賞、2016年、『つまをめとらば』で直木賞を受賞。新しい時代小説の可能性を、どことんまで削ぎ落とし、余情に富んだ文体で表現している。
