北アルプスの奥地、黒部川と薬師沢の出合に建つ薬師沢小屋。
この山小屋で働いた山と旅のイラストレーターのやまとけいこさんが、小屋開けから小屋閉めまで、リアルな山小屋ライフを楽しい文章と、こころがなごむ可愛いイラストで綴っています。
以前の山ガールブームのときに、作家の湊かなえさんの「山女日記」を読みました。
山があるので、山に登る。山が呼んでいる。
山小屋には、予約がなくても泊めてくれる。
頂に登った時の征服・達成感は、何事にも代えられないものだ。
登山者側として山小屋を利用する立場になって彼女の本を読んでいました。
124P「山で生活し山で生きる人間は、金銭などにはこだわらず、自分のできる限りのことはしてやるものだ。自分が山でどんな災難に遭おうとも限らないから、人には尽くしておくものだ」
電気と電波、携帯電話事情、山小屋の熊などの動物被害、物の輸送、増水と鉄砲水、布団干しと布団1枚に2人の布団事情、シルバーウイーク等山のハイシーズンとカレールーが薄くなっていく厨房事情、バイオトイレと五右衛門風呂、遭難事故、薬師沢小屋閉め等々……。
今回、運営する側の立場になって、また客観視して疑似的な体験させていただきました。
読みながら山小屋での出来事や情景を頭に浮かび上がらせ想像しながら読んでいく作業は楽しかったです。
ピッタリこのとおりだという感覚にはなれないけれど、ハイシーズンのお客様対応など物凄い苦労をしても楽しいことしか思い浮かばなくなり、毎年の山小屋生活が止めれなくなる気持ちが伝わってきました。
山小屋は逃げ場のない閉鎖的な社会なので、下界以上のコミュニケーション力が必要となってきます。
山小屋での仲間たちと楽しく暮らすためには。地上における人間関係とはまた違った苦労とか、感謝の気持ち、挨拶などお互いに十分な配慮が必要なことを知りました。
58P 従業員十人十色
結局のところ、家族だろうが他人だろが、一緒に暮らすのであれば、仲がよいに越したことはない。仕事の効率だって上がるし、精神衛生的にもよろしい。それにはやはりささやかな日々の積み重ねが大切だ。
自分のことよりも相手のことをまず考える気持ち。それを当たり前だと慣れてしまわない、ありがとう、という感謝の気持ち。人の悪口は言わないこと。朝の「おはよう」の挨拶。みんなでおいしいね、と一緒にご飯を食べる幸せ。
たったひと夏の疑似家族ではあるが、私にとっては大切な仲間との一期一会の日々である。次々と起こる事態を乗り越え、ともに笑って過ごすのだ。いろいろと苦労もあるが、楽しくないわけがない。自身、こうして毎年通ってしまうところを見ると、やっぱりこの薬師沢小屋が好きで、仲間との暮らしが好きみたいなのだ。
山小屋の暮らしは旅のようだと。
毎日が非日常であり豊かな時間が過ぎていくようだ。
毎日が同じように過ぎていくが、毎日は、じつは違う日々である。
山小屋の仕事と釣りや昼寝の緩急をつけて、天上では至福の時が流れていくのだった。
188P おわりに
山小屋の暮らしはまるで旅のようだ。毎日何が起こるかわからない。シーズンになればお客さんが入れ代わり立ち代わりやって来て、旅に出ずとも旅がやってくる。そんな感じだ。薬師沢小屋はまるで黒部源流に浮かぶ一隻の船のようだ。舵窓の向こうでは、季節に合わせて風景がゆったりと流れていく。ときに嵐で屋根が吹き飛ばされたり、遭難事故が発生したりと、ハプニングは尽きないが、天気の良い日には、空をぼんやりと眺め、釣り竿を振ったり、昼寝をしたりして、至福の時を過ごす。実際はなんだがもっと忙しくて、大変だったような気もするが、そういったことは忘れるように人間できているらしい。楽しかった思い出だけが鈍化されていく。記憶とは曖昧かつ都合の良いものだ。
もしも誰かがこの本を読んで、黒部源流に行ってみたいとか、薬師沢小屋に泊まってみたい、なんて気持ちになってくれたらいいなと思う。そのなかでも山小屋で働いてみることに興味を覚えてくれる人がいたなら、なおうれしい。
<目次>
黒部源流概念図
薬師沢小屋見取り図
はじめに
第1章 黒部源流のこと(黒部源流と薬師沢小屋、山小屋創成期)
第2章 薬師沢小屋開け(入山、水事情 ほか)
第3章 ハイシーズン到来(ハイシーズンと厨房事情、物輸ヘリ二回目 ほか)
第4章 秋の源流と小屋閉め(イワナの遡上、上ノ廊下と赤木沢 ほか)
おわりに
大和景子。山と旅のイラストレーター。1974年、愛知県大府市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。大学時代はワンダーフォーゲル部に所属。卒業後は鈴蘭山の会に所属し、イラストレーターと美術造形の仕事をしながら、29歳で山小屋アルバイトを始め、薬師沢小屋暮らしが始まる。39歳で東京YCCに所属し、クライミングを始め、現在に至る
