どこにでもありそうな感じの会社で小さな営業所の毎日の光景にあるものかな。
芦川さんのような人はいそう。いるいる。
彼女と二谷と押川さんとの三角関係。こんなことありそう。あるある。
途中で二谷さんに近い食事の使い方をしてきたこと。
はっと気づいて反省したいと思った。
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ふたりで「いただきます」と手を合わせて食べ始める。二谷はきゅうりをつまんで「おいしい」と言い、からあげをつついて「おいしいなあ」と言い。味噌汁を飲んで「うまい」といった。
十五分ほどで食べ終わる。仕事から帰ってすぐ、一時間近くかけて作ったものが、ものの十五分ほどでなくなってしまう。食事は一日に三回もあって、それを毎日しなくちゃいけないというのは、すごくしんどい。だから二谷は、スーパーやコンビニに行けばそこに作られたものがあるんだから、わざわざ自分たちで作らなくたっていいんじゃないかと思っている。思っているけど、それを言う代わりに「おいしい」と言っている。ただ毎日生きていくために、体や頭を動かすエネルギーを摂取するための活動に、いちいち「おいしい」と感情を抱かなければならないことに、そしてそれを言葉にして芦川さんに示さなければならないことに、やはり疲れる。
箸を置いて息を吐くと、芦川さんが立ち上がって冷蔵庫を開け、「デザートもありますよ」と言って、一口大に切ったスイカの入ったタッパーを持ってきた。
ぼくは、二谷とは違って、美味しいものを食べるために生活を選びたい派だ。
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「押尾さんっておいしいものが好きな人?」
変なことを聞く人だな、と思いながら首を傾け、
「おいしいものが嫌いな人なんています?」
そう聞き返すと、二谷さんが暗く笑った。
「おれは、おいしいものを食べるために生活を選ぶのは嫌いだよ」
「おでんが食べたいって日はあるけど、そのためにおでん屋まで行くのは、自分の時間や行動が食べ物に支配されてる感じがして嫌。コンビニにあるならそれで済ませたい。そう思う」
価値観が多様化する時代において、食事と職場を通して語られるおはなしだった。
価値観のすれ違いは、心のゆがみとなって少数派の生きづらさにつながるものだ。
心の奥にまったりと澱が溜まっていくような気持ちがなんだかな釈然としない。
職場の人間関係における、腹黒さ部分はリアルに感じる。
押尾さん、二谷、芦川さんの三角関係はやっぱりありそう。
いつも笑顔で優しく、お菓子作りが上手で、体調が悪くなるとすぐに早退したり、当日のイベントを欠席したりするようだけど、一部を除いて、みんなからは嫌われていない芦川さん的な人は、世間にはいそうな感じ。
二谷の微妙な感情の揺れ動きや他人には見せない素を垣間見れて面白かった。
全般的にどの職場や家庭にでも、ありそうでありがちな不満が丁寧に描かれていたと思う。全体を通してずっと続く壊れそうで壊れない不穏な空気感はぼくは好きだった。
1988年愛媛県生まれ。立命館大学文学部卒業。2019年『犬のかたちをしているもの』で第43回すばる文学賞を受賞し、デビュー
著書に「水たまりで息をする」など。
