「逃亡くそたわけ」から十数年後のおはなし。
なごやんと花ちゃんは、それぞれ家庭を築いていた。
子どもがいてお互いに名古屋や福岡とも縁のない富山県に住んでいたのだ。
偶然、富山県氷見市の「ひみ番屋街」でばったりとこの二人が会ってしまうなんて。
なんて運命的で素敵な人生なんでしょうか。
言いたかったのは、いずれにしてもまじめでまともな生き方なのかな。
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アウトドアでしかありえんことやけど、朝ごはんは焼きそばやった。おかげで残った食材が見事に片付いた。
「うちの家族って、みんな真面目だよね」
皿を洗い、ごみをまとめ、荷物を片付けながら佳音が言う。
「真面目にしてるのが結局楽なんだよ。面白いこと言わなくちゃとか、気が利いてなかったなとか、そういうことを取っ払って集中できるから」
アキオちゃんが答えた。真面目だから真面目にしているのではなく、楽だから真面目にしているのだという。
「真面目って、まともってことだよね?」
「大体そうやね」
そもそもあたしという人間は決してまともではない。でもまっとうに生きたいとは思っている。それってなんだろう。
まともとまっとうはどう違うのだろう。
まっとうと、苦労がないことは違う。
(中略)
暑いときも寒いときも、体が苦しいときも頭がおかしいときも、その気持ちをきちんと感じる。不安も恐れも受け止めるしかない。楽しかったら笑い、美味しかったらちゃんと喜ぶ。
これはよくあるかもしれない。
相手の気持ちになって、励ましているつもり。
でも、そうではない人もいるということだな。
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元気なときは想像力が不足しがちだ。落ち込んでいる人に向かって「出口のないトンネルはない」とか「明けない夜はない」などと言ったりする人もある。あるよ。出口のないトンネルはブラックホール。明けない夜は宇宙。比べるまでもなくそちらの方が圧倒的に古くて大きい。そしておそらくは必然だ。
親孝行したい時に親は……。
母は一人だ。
ほんと当たり前のことなのだが、日頃はそれに気がつかない。
なにか病気などの変化がないとわからないかもしれない。
とてもありがたい存在なのだ。
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汗を拭くために手をとめたとき、ふと気づいたのは、母はあたしにとってたった一人の母だったという、ものすごく当たり前のことだった。大人になろうが、結婚して子供を産もうが、母は一人しかいない。一度しか地球に接近しない彗星のようにたった一人なのだ。
色を求めている季節の表現が煌びやかで素敵です。
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季節はあたしたちの目を変える。
立秋を過ぎればなんだか気持ちも落ち着いてきて、今まで見向きもしなかったアースカラーやワインカラーに惹かれるようになった。クリスマスやお正月には赤やゴールドと白黒の強いコントラストがよかったのに、冬の終わりにはベビーピンクやパステルブルーを目が欲しがるようになる。セーターやマフラーを欲しいのではなくて、色を求めるのだ。
春になれば淡いグリーンや白が欲しくなる。黒を重く感じ、紺色の方がスマートだと感じる。初夏は鮮やかな青と黄色。そして八月はスイカの皮みたいな濃い緑と黒。もちろん人によって感覚は違うから群青色とオレンジが夏の色という人も、ネオンカラーこそ夏という人もいるだろう。
1966年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、住宅設備機器メーカーに入社し、2001年まで営業職として福岡、名古屋、群馬、埼玉に勤務する。2003年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞、2004年「袋小路の男」で川端康成文学賞、2005年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006年「沖で待つ」で芥川賞、2016年『薄情』で谷崎潤一郎賞を受賞
