還暦を間近にした主婦の澄子は、長年続く夫からのモラハラに我慢の限界を感じていたのだった。
結婚を止めることは関係者の判断によるものなので、関係のない者がどうこう言うべきではないが、暴力をふるったり病気にさせるのはもってのほかだと思う。
妻に頭痛、めまい、動悸、不眠、情緒不安定などが調子の悪さが発症していた。
夫源病という名の病名が出てきたが、正式な医学的な病名ではないらしい。
夫の言動によるストレスで妻の更年期障害を誘発したり悪化させることを意味する言葉だった。
夫婦は、もちろん元は赤の他人であり、育ってきた環境や好きな趣味や持ち前の性格などが違うのは当たり前だ。
結婚した当初は、盲目であばたもえくぼに見えたかもしれない。
いっしょに暮らすことでいつまでも隠し通しているわけにもいかず、暴力やハラスメントなどの素が外に現れ出てきたとしたら?
自分の許容範囲に収まることができなくなると、きついストレスにもなる。
夫婦は、互いに我慢したり譲り合う気持ちがないとうまくいかないものだが。
先人たちは、子はかすがいと上手く言ったものだが、いまは少子化の最中、生まない選択をする人のほかに、生みたくても産めない人もいる。
プライベートな距離も必要かな。
友人関係においても、もちろんここからこれ以上中に入らないでという距離感がある。
親しくなると好きなものがわかってくるのと同時に、何を言えば相手が困るのかもわかってくる。心の傷に残るくらいに落ち込ませることもできよう。
親しき中にも礼儀あり、
親しき夫婦にも距離は必要ありだと思う。
世の中には、仲が良い夫婦もたくさんいるので、すべてがこうなわけではない。
ひとつ案として、お互いに感謝する気持ちが必要か。
掃除、洗濯、ご飯を作ってもらうことなどが当たり前な行為ではなく、有難いこととして相手に感謝する。
「ありがとう」という言葉と態度を実際に示すのだ。
人の振り見て我が振り直せ。
自分自身を大切にするためには?
短い人生を楽しむためには?
気づいたときにこんな風に対応していかねばならないと思われるほどに他山の石となる内容のお話だった。
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「雑誌に書いてあったんだけど、日本人は自分が幸せかどうかよりも、人から幸せそうに見えることの方が大切なんだってさ」とリンダが言った。
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一日は24時間なんかじゃない。
離婚して最初に思ったのはそのことだった。
時間というものが、不思議な生き物のように、長くなったり短くなったりするものだとは知らなかった。あんなに時間が足りなくて、常に時間に追われていたのに、今ではゆったりと時が流れている。
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もっと早く別れればよかったよ。あんな生活にひたすら耐え、人生を無駄に消費してしまった。人生の貴重な時間だけじゃなくて、健全な精神までをも。
今思えば、子どもの年齢に関係なく、つまりね、子どもたちが幼かったときでも、一歩踏み出そうと思えばできたと思うし、そうすべきだった。なぜそうしなかったのか。それはきっと、当時は人生の短さが実感できていなかったし、周りの目を気にして、自分自身を大切にするという最も肝腎なことが心の中に育っていなかったからだと思う。
(中略)
今は正真正銘の一人暮らしだから、本当にしっかりせねばと思うようになった。だからこそ、柄にもなく誰彼構わず愛想よくして、感じのいい人になろうと努力するようになったんだと思う。
町の噂や人の目は、思っていたほど気にならない。だって、人生の残り時間が少なくなった今、楽しんだ者勝ちだと本気に思うから。
どうせ人間みんないつか死ぬんだしね、もしも離婚せず、あのままの生活を死ぬまで続けていたらと想像するとゾッとします。
人生短いんだから楽しまないとね。
1959年兵庫県生まれ。「竜巻ガール」で小説推理新人賞を受賞し、デビュー。ほかの著書に「老後の資金がありません」「結婚相手は抽選で」など。
